8話 バイトの面接
クラス委員が決まったその後一週間、皐月はなかなか同級生と馴染めずにいた。同じ吹奏楽部の経験者も皐月になるべく関わらないようにしている。見かねて晴巳がシャープペンシルの芯を貰ったりと、ちょっとしたことで声を掛けるようにしているものの、なかなか女子同士はむずかしい。
そんな中、部活で練習している時が唯一の癒し時間でもあった。皐月の先輩たちと同学年のビーナスと普通に話して真面目に練習しているのだから。
癒し時間、といえば葵とのCoPeoのやりとりと通学が一番の時間だ。会えなかった十年間を一気に埋めている。
「バイト、ホールとキッチンのどっちにするか決めたの?」
CoPeoで何度かやり取りしていたとき、葵はずっと悩んでいた。和俊と共に料理を覚える為にキッチンをやるか、ホールにするか。どちらにするかも、皐月の一言で決まった。
「九十九くんと同じお店なんだよね。ホールだったらお店に行ったら葵くんの姿見れるね」
「さっちゃん、俺が働いているとこ見たい?」
「そりゃ見てみたいよ。だって制服? エプロン? 似合いそうだもん」
「よし、俺ホール希望で面接行くわ。結果はCoPeoで教えるね」
その日の授業終了後、皐月は葵へ『頑張って!』と応援のメッセージを送った。これだけで勇気と元気が貰える葵の頬がどんどん緩んでいく。
和俊は葵より先にバイトを始めており、共に店に向かいながら様子を聞いている。
バイト先はファミリーレストランで、制服は支給され賄いは数百円で好きなものを食べられるという。賄い代は給料天引き。バイト先の先輩たちがとてもいい人達で、仕事の説明も丁寧だという。
和俊が選んだのはキッチン。理由はこうだ。
「注文はタッチパネルだしホールでもいいかって思ったけど、俺ん家母子家庭だろ? やっぱり少しでも母さんに楽させたくてさ。もっといろいろ作れるようになって、いろんな晩飯用意出来たら母さんも喜ぶだろうし」
何とも和俊らしい考えである。中学でも家で料理をしていた彼は、もっとバリエーションを増やしたいと考えていたのだ。少しでも多くの料理知識があるに越したことはない。
「それよりお前、どうすんだよアレ。付けて来てんぞ」
離れているものの、綾乃が遠くから見張っている。ホールだろうが何だろうが、バイト先が決まった瞬間に同じ所に応募するだろう。しなければ待ち伏せか、店に入り浸るか。
「お前の事紹介する上でアレの話はしてるけど、多分ホールよりキッチンって言われるかも」
「さっちゃんにはホールって言っちゃったし」
「佐山さんも部活で滅多に来れねえだろ」
「だよな。店への迷惑考えるとその方がいいかもな……」
「あと腕の話もしとけよ。またどっかで手術するだろ。中のプレート外すんだっけ」
左手をポケットに入れるのが癖になっている葵は苦笑いを浮かべた。約十ヶ月前の複雑骨折の手術で腕の中にプレートを入れて骨を支えている。もうしばらく放置して、取り出す手術の予定はこの年の秋頃だ。
「そうなんだよ……何するにしても腕に響くからな。入院するし、バイトは暫く休むしかねえか。あー、バイトの面接って受験よりハードル高そう」
「そりゃそうだろ。母さん曰く、バイトだろうと対価として給料が発生してるから、遊びじゃねえから生半可でやるなってよ。将来仕事するようになったら嫌でも分かる。だから働く以上は今から就職したつもりでしっかりやれって」
「だったら入院するって分かってる人雇うかよ」
「さあな。あ、こうも言ってたぞ。明らかにブラックなとかもあるから、ダメだと思ったら会社毎見限るって。矛盾してるだろうけど、見極めろって言ってた」
いまいち頭に響かないが、和俊曰くバイト先は問ないらしい。むしろ問題はいまだ後ろをつけてくる綾乃と、葵の腕だ。飲食店ならば料理を運ぶ。この腕で持てるのだろうか。
到着したファミリーレストランの中には、ちらほら客がいた。和俊は葵をバックヤードに招くと店長に紹介し、自身は着替えるためロッカーへ向かった。
店長は五十代前後だろうか。とても穏やかでダンディという言葉が似合う男性だ。葵を小さな休憩室に案内すると、早速記入用紙を提出した。履歴書代わりらしく、簡単に書いてくれればいいという。学歴、まだない職歴、アレルギー情報や自宅からの距離、希望はホールとキッチンどちらかなど、基本的なものを書いて提出する。
一通り目を通した店長は、ふむ、と話し出した。
「ご両親の承諾は頂いているんだね?」
「はい」
「九十九くんの紹介だから、彼からも話は多少聞いているけど、君の口から不安な事を含めて質問などあれば聞くよ」
実は、と葵は正直に話した。
前年の夏に左腕を複雑骨折して、日常生活には支障がなくなったものの重いものがあまり持てないこと、秋にはプレートを外す手術が必要なことを。
しっかり頷いて聞いている店長に安心感を覚えた。
「なるほど。ホール希望って事だけど、うちの店はある程度料理をロボットに運んでもらっているものの、忙しい時は自分達で運びます。こう、片手で持って行くこともあるんだけど、やってみるかい?」
左腕でトレンチを支えて料理を出す真似をした店長は、実際の皿を持ってきたものの、そこで葵が左利きだからトレンチを支えるのは右腕だと気づいた。
そこで右腕で支えて左手で料理を出す真似をしてみる。料理がある事を考慮しても問題なさそうだ。
次の相談が実に大問題。
「俺個人の話になるんですが、中学の時からある女の子に付き纏われているんです。行く所々後を付けて、毎日家に電話してきたり。同じ事が起きないとは思えなくて、きっとご迷惑をお掛けしてしまうと思います」
店に迷惑をかけるアルバイトなど要らないだろう。きっと面接落とされるだろうと想像していたがーー
「分かった。その時は僕を頼りなさい。大人のスタッフも多いから、そういう子が来たら守るようにします。もしかすると全員手が空いてなくて、すぐには助けられないかもしれないけど、いいかな?」
「俺、迷惑をかけますけど、いいんですか?」
「スタッフを守る事も仕事のうちだ。それに小さいお子さんのいる家庭もある。子供の体調が悪くなったら休んだら早退するから、互いに協力し合っているんだよ。それに君たち学生はテスト期間もあるだろう。休んでくれて構わないから。あ、でも自分で出したシフトの希望は守って下さいね」
驚いた事に面接は合格した。両親に報告したうえで最終意思を連絡し、アルバイト雇用になるという。最短で週末から始められるらしい。
帰宅途中、不思議と綾乃は付けて来なかった。安心した葵だが、彼女は彼のバイト先に面接の打診をしていたのだった。
「佐々木綾乃さんね。その制服は秋山高校だね」
「はい、そうです」
「募集要項は見たかな」
戸惑った綾乃に店長はWEBサイトに書いていること、そこから応募することを説明した。それを確認した上で、サイト上で応募するようにと。
意思があってもすぐに面接出来ないと知った綾乃は唇を噛み締めて退散した。
すぐに店長は和俊に彼女の事を聞いた。
「九十九くん、君の学校の佐々木綾乃さんってどんな人?」
「それ、葵のストーカーっす」
「ああ、彼女がね。応募したら建前上面接はするけど、雇うことはないから安心して」
一方葵は、早速皐月へ連絡した。バイトの面接は合格したと。
ところが皐月から返事が来たのは、翌朝だった。