王子さまとの交流会02
「うっ……」
うめいて、わたしは思わずフォークを落としてしまった。一緒にケーキのかけらがこぼれ、絨毯の上をてんてんと転がっていく。
「お、おい、どうした……?」
わたしの様子に気づいたカイルが、すぐさま心配そうに声をかけてきた。椅子から半分立ち上がり、テーブルにわずかに身を乗り出してすらいる。
「殿下の御前で無作法を失礼いたしました。ですが、心配はご無用ですわ」
何でもないとむりやり笑って見せるわたしに、彼は何かを言いかけ、くちごもる。座り直しているものの、ティーセット越しにちらちらと気づかわしげな視線はよこしつづけていた。
その様子に嬉しさがこみあげてくる。
いつもならのらりくらりとかわされ、引き延ばされる交流会へのお誘いの返事が、今回は即座に来た。それだけでなく、外は暑いため場所を屋内に移す以外は日付も時間も変更されることなく希望がかなった。
いままでの塩を通り越した対応を考えると雲泥の差だ。
やっぱりカイルは小屋の中からわたしを見たのだわ。
まずカイルは目にしたものを疑ったはず。そのあと、確かめようと宮廷医に探りを入れたはずだ。仕組まれた茶番ではないかどうかと。そして回答を得た。真実を知った。
いま思うと、彼がわたしに冷たい態度をとるのは、わたしが彼に取り入ろうとしている宰相の娘だからというだけではなく、彼自身には取り戻せないものをまだわたしが持っていることに対しての嫉妬もあったのかもしれない。
けれど、たぶん彼は気づいたのだ。少なくともわたしと父はそのようなうらやむ関係ではないことを。幸せな親子では決してないことに。
さすがに折れてはいないようだけれど、あばらにはまだ大きな痣が残り、体を動かすたびに激しく痛む。さきほどもカップをとろうと大きく腕を前に伸ばしただけで、痛みのあまり一瞬息が詰まってしまった。
予想していたよりも父がキレたことだけが想定外だったけれども、相当腹立たしかった結果だと考えると少しは溜飲も下がるというもの。
かさねて授与式の件で、カイルに与したのではないかとわずかにわたしに疑いをもっていたとしても、あの愚行で払拭できたはず。テオドラ・ラノビアはかわらず愚かな娘である、と父にも周囲にも印象付けられただろう。
それにある意味では、この怪我はわたしを有利にしてくれるのだから、計画どおりに動いてくれた父にはいっそ感謝すらしてよいのかもしれない。
わたしは震える手でケーキを崩しつつ、カイルの様子をそっと探る。
父が過去にしたことは絶対に許されないことだし、これはわたしの都合でしかないから、信用や信頼などと贅沢は言わない。望む資格すらないだろう。
同情でいい。
ただほんの少し、カイルにはわたしに対する警戒をといてもらいたい。わずかでいいから。
わたしと父は別なのだと知ってもらえたなら、なにかが変わるはず。
彼に虐待の場を見られていたなどと微塵も考えていない少女をわたしは演じつづけながら、体に響かないよう小さく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。それでも痛みは走ってしまったが、構いはしない。
そのきっかけになるというのなら、この程度の怪我、安いものなのだから。
お読みいただきありがとうございました。
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来年、つづきでまたお会いできましたら、とても嬉しいです。




