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宰相の娘  作者: 衣々里まや
13歳
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王子さまとの交流会01

「殿下、こちらのお茶のお味はいかがですか?」


うふっ、とわたしはカイルに笑いかける。


どうかしら、この笑顔。普段つんとすましている美人が笑ったら可愛いだなんて、最高じゃないかしら。


鏡の前で練習した技を披露してみせるけれど、カイルはテーブルの上で組んだ自分の指先に視線をやったまま、あからさまなため息でもって返答の代わりとした。こちらをちらっとも見ようとしなかった。


……だめだわ、完全に心をとざしている。


早くこの苦痛の時間から解放されたいという彼の心の内の声が、纏う空気にありありとあらわれていた。


今日は、“カイル殿下と婚約者の定期交流会”という名目のお茶会が催されている。主催者はわたし。開催場所はとうぜんながら、あの≪四季園≫ではない。ただの庭である。


もちろん、ただの庭だとしても地所は王宮。しっかりと手入れされ、そうとう美しいことには変わりはないのだけれど。


本来なら週に一回の定期開催のはずが、いそがしいやらなんやらでぐだぐだと引き延ばされ、いまやふた月に一回応じてもらえるのがやっととなっていた。


それもわたしがしつこく声をかけつづけてのもので、こちらが行動しなければ、あっという間に行事の存在すら忘れ去られてしまうであろうことは言うまでもなく。


それでも嫌がりながらもこの催しを結局無碍にはできないのは、彼の中の良心と、なによりわたしがちからある宰相の娘だからというのが大きい。


誰が何といおうと、王が倒れても傾くことなく、外交に目に見えた影響もなく国が続いているのは父の優れた政治手腕のおかげだった。カイルもいまは宰相を頼らざるを得ないのだ。


そうして周囲がカイルの成長を待つ間に、父はちからのない王を差し置きどんどんと有力貴族を傘下に入れ、自分の影響の及ぶ範囲を広げている。


そこにさらに危機感と嫌悪感をつのらせるカイルたち、という互いに相手の行動に悪感情の上塗りをいくつも重ねているのが現在の状況である。


でも、たとえわたしがその男の娘だからと言って、父と同一視はしないでほしい。それに父にはこのような笑顔はできないはずよ。


カイルに無視されても、わたしは健気に笑顔を彼に送り続ける。自分で健気などと言ってしまうあたりが、じゅうぶんふてぶてしいとは思うけれど。


はぁ。と、またひとつ、うんざりしたようにカイルが息をついた。


さっきからカイルは数分ごとにこうやって当てつけめいたため息を吐き、文句は言わず、拒否感だけを態度に表していた。


いっそ、正面からはっきり文句を言われたほうがマシね……。


まぁ、文句というより、わたしに目の前から消えてほしいのでしょうけど。そして最後には、この世から消えてほしいと願われるまでになる……。


とうとう話題も尽きてしまった。尽きたというより、返事がないか、あっても一言で済まされるので広げようがなく、消費のスピードがおそろしく速かったというだけのことなのだけれど。


穏やかな陽気の中を沈黙が漂い、無駄に時間だけが過ぎていく。周囲の使用人たちはとても居心地が悪そうで、それを言うならわたしだってそうだ。


けれど、交流会をいま終わらせてしまったら次はもっと短くなる。そして、そのうちに必要がないと判断されてしまうだろう。カイルとの数少ない接点が消えてしまう。


時間を埋める方法に頭を悩ませていると、とつぜん、ため息の合間にコンコンと彼が小さく咳をした。


「まぁ、殿下、お体の調子がお悪いのですか?」


わたしは優しくいたわったつもりだったのに、


「お前には関係のないことだ」


彼に冷たい一瞥でもって、すげなくあしらわれてしまう。


「ですが、お咳が……そうですわ、わたくし、喉によいお茶を――」


「違うと言っている。俺にかまうな!」


立ちかけたわたしを彼が怒りのこもった声で制す。いらいらしているのは体調がすぐれないせいもあるのかもしれない。具合が悪いときは感情のコントロールもききにくくなってしまうものだ。子どもならなおさら。


とはいえ、あまりの取りつく島のなさに渇いた笑いが漏れた。


わたしはテーブルの下で無意識に握りしめていた手をほどき、ゆっくりと息を吐く。


大丈夫。落ち込むことはないわ。別に難しく考えることはない。


わたしがカイルをオトす必要はないのだから。


心底嫌いっていうのも、考え方次第よ。もう底なのだから、これ以上は下がりようがないってことなのだもの。あとは上がるしかない。


わたしがほんとうに気を遣うべきなのは、父に悟られないようにすること。なによりもそれが一番重要だ。


わたしは父の娘。父の考え方も癖も知っている、どういう策を好み、どのように人を動かすのかも。あの人がどれほど陰湿で残酷なのかも。


そして、そのような父であってもいずれ勝手にカイルが倒してくれる。わたしが父と直接対決をする必要もない。わたしは父の目から逃れながら、かれらの罪が暴かれるそのときまでに生存を許してもらえるように恩を売っておけばいいだけ。


ふたりが捕まり、この政治ゲームが終わったとき、本当の勝者はわたしであると気づくものは誰もいないだろう。


「……わたしはそれでかまわないわ」

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