予感:カイル
手荒な真似をするまでもなく、侵入者――ダスターと名乗った男はあっさりと口を割った。
それだけではない。証言のとおり、荷の中にはたしかに疑いを持つには十分に足るものが存在していた。すくなくとも、男の言葉はまったくのでたらめではなかったということだ。
動揺しなかった、といえば嘘になる。
叔父上に感じていたささいな違和感のつらなり。宰相との関係にはやはりとしか思わなかったが、よもやそこまでの大罪に手を染めているとはさすがに想像もしていなかったからだ。
ずっと憎まれていた。殺したいほどに。
改めて突きつけられた事実と、今まで自分の一端をになっていた世界が崩れていくことに、むなしさを覚える。きっとこうして、これからも俺の人生は誰かに疎まれ、裏切られ続けていくのだろう。
それこそ、死ぬまで。
「……ぞっとするな」
思わずこぼれた声は自分でも笑えるほどに乾いていた。
だが、それだけだった。
呼吸は乱れていない。世界が暗闇に包まれることもない。無視できるほどの痛みではなくとも、心は耐えられた。
俺はもうただ助けを待って暗闇の中で震えつづけているだけの子どもではない。ここで立ち止まっているわけにはいかない。
「大丈夫……俺は、ひとりではないのだから」
真っ先に浮かんだ名を口にしかけて、ふと思った。
叔父上には誰がいたのだろう、と。
今になって考える。俺は今まで、ほんとうの意味で叔父上を心の底から気にかけたことがあっただろうか。
叔父上がすべてを憎んでいることに気付けなかったのは、結局のところ俺があの人の表面的なものしか見ていなかったからではないのか。
「もしかすると叔父上もまた、苦しんできたのかもしれないな……」
だとしても、叔父上の罪は重すぎる。父上と母上だけではない。大勢が命を失ったのだ。情をもってしても見逃すことなどできはしない。
あらかたの報告を聞き終え、部屋を出る俺のうしろをジュリアンが付き従う。
「お嬢様はご存知だったのでしょうか? 男は、内容はすでに知っているようだったため告げていない、と言っていましたが……」
「おそらく宰相に関すること、というだけで詳細は知らないのだろう。そうでなければ、あれほどまでに慕っている父親の罪を知って平静でいられるわけがない」
「どこかに証言させようとなさっていたようですが、誰に対してだと思われますか?」
「宰相ではないだろう。ならば、交渉するなと言うはずがない。父親に言いつければすむことだからな。あの男の口ぶりからは、むしろ、ふたりには知られないように事を起こそうとしていたように感じられる」
同じ考えだったのだろう。宰相親子を今すぐ投獄すべきだと主張していた他の隊士らとは異なり、副隊長は反論することなく口を閉ざした。
そこへ、こちらの目と耳である侍女が駆け寄ってくる。そのすぐうしろを足早にルーデンスがついてきていた。
「どうか、どうかひらにお願いもうしあげます! お嬢様を……テオドラ様を信じて差し上げてください!!」
侍女はこちらの行く手を塞ぐと許しを請うように床にひれ伏し、言葉を続ける。
「思い返せば、料理長を解任したきっかけのさいも、お嬢様は他の者を遠ざけ、わたくしにだけおっしゃいました。ほかの邪魔の入らぬように。すでにあのときからお嬢様は殿下の御為を思い、行動なさっていたのです。このたびのことも、かならずや理由がございます! 違いありません!!」
王族の歩みを妨げてまで主の身上を重んじ伏奏するとは、驚いた。
ふたりの互いを見る目の中に、ときに主従というより本物の姉妹を思わせるようななにかを感じることはあったが、この侍女の彼女に対する想いはよほどのものであるらしい。
「……ルーデンス、お前の意見はどうだ」
今朝より護衛の対象は自宅に帰っているため、自由行動を許されているのだろう。侍女が駆けつけたのもおそらくルーデンスがこちらの動きを伝えたからだと思われた。その理由は、言わずともしれたことだ。
ルーデンスは一言も発することなく、膝をつき、頭を垂れる。侍女に倣うように。
彼女の味方がいることを心強く思うとともに、それにしても、とため息もつきたくなる。こちらは真相を知り傷心のさ中であるというのに、まず俺の心配ではなく彼女のために動くとは。
ふたりとも、俺の臣下であったはずだが……。
「お前たちは、テオドラ・ラノビアを信じるか?」
はい、と間髪入れずに双方から返事が返ってくる
そのさまを見ながら、自分にも同じ言葉を問いかけてみる。
――答えなど口にするまでもない。
彼女を信じている。彼女を心から愛している。
いまさら彼女とすごした日々をなかったことにはできないし、存在を忘れることなどできるべくもない。後悔があるとしたら、宰相の娘を愛したことではなく、彼女の苦しみをわかってやれなかったことだ。
「みなを集めろ。背後に叔父上がいるのなら、これは王家の罪でもある。……俺が動く」




