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宰相の娘  作者: 衣々里まや
17歳
43/50

予感

「なんてことだ」


「心配は無用です」


「あの男は何を知っている? どこまで?」


「ほとんどなにも。あなたとの繋がりはありませんから。……すべては終わったことです」


今頃、父とフレディリク様の間でそのような会話がなされているのだろうか。


私は重いため息をつく。


街では何重にも監視をつけていたから、よもやこのような事態に陥るとは想像もしていなかった。


ダスターを見張っていた者たちの報告によると、待つまでもなく心は決まったのであろうダスターは、髪をきり、身ぎれいにしたあと、ひとりで予定の日よりも一日早く王宮を訪れていたらしい。王室の敷地に入ったところまでは確認しており、そして、ついぞ出てくることはなかった、と。


ダスターの再度の訪問の予定と、必ずとおすよう伝えていたこともあって門番も私のところへ問い合わせることをしなかったらしい。前庭を抜け、私の住まいへ来る途中でダスターは姿を消していたのだ。


そして最悪なことに、当日該当の時刻、父もまた王宮を訪れていたことがわかった。


もし、偶然にもふたりが出会ってしまったのだとしたら。なにより、あれだけ忠告したのにダスターが欲をかいて父との交渉に出ていたのだとしたら、彼はもうとっくに殺されているはずだ。


「ロニヤ、本当に身元不明の男の遺体が発見されたという知らせはないのね?」


「はい。念のため名を伏せて街の詰め所にも問い合わせましたが、そういう報告はないと」


どういうことなの。


ダスターが殺されたのなら、追剥に襲われたと偽装された死体が見つかるはずだ。ダスターが抵抗したために人が集まってきて、死体を処理する暇がなかったから。そして、訃報が神官にも伝わり、真実を知るきっかけとなる。


「まさか……」


嫌な予感がする。私が介入したせいでシナリオが狂って、ダスターの死体も全て父によって闇に葬り去られたとかではないわよね。


数日前には、カイルの元に侵入する者があったとの情報もひそかにつかんでいる。


その件はいっさいが秘匿されて、さすがにそれ以上の詳細を知ることはかなわなかったけれど、カイルの私室にまで忍び込めるほどの手練れなのだ。単なる盗人であろうはずがない。暗殺者の類だろう。戴冠式を数か月後に控え、父たちもいよいよ手段を選んでいられなくなったのかもしれない。


私が北部の遠征を邪魔したせいで、せっかく蛮族に払ったお金も無駄になったのだもの。必死にもなるわよね。


もし、ダスターが殺されてしまったのに死体が見つからないのだとしたら、厄介なことになる。


小説ではダスターは自分は告解を耳にしただけだとは結局明かさなかった。神官の証言により判明する事実である。できるだけ相手からむしり取りたいのだから、このたびも実は当人ではないと父に真実を告げたはずがない。もうひとりの彼らの罪を知る者――神官の存在を知られることはないと思う。


もちろん、万が一を考えて、神官側にもこっそり護衛をつけている。


けれども、それよりも問題なのは、ダスターが死んだとはっきりわからない状態では神官がダスターについての語り部の役割をはたしてくれる可能性は限りなく低いということだ。話すよう促すのは、人生の指針である己の信仰を捨てろと強要するようなものだから。


「でも、それ以外に方法なんてあるかしら」


ダスターが殺されたことをほのめかし、無理やりにでも口を割らせる――と考えたところで、やはりだめだと思い直す。政治的な問題からくる宗教への介入はご法度だ。もし神官が上にでも訴えたら、こじれ、余計なことまで背負い込む可能性がある。


最後の最後にきて危険は冒したくなかったけれど、手段は選んでいられないのかもしれない。


少しだけ後悔もあった。私が安全な手を選ぼうとしたから、ダスターは殺されてしまったのかもしれなかったのだから。


宰相の娘という立場にいて、自分だけが安全な場所に居座ろうなどと傲慢にもほどがあったのだ。


「実家に帰る必要があるわ。父の様子を確かめなくては」




「わたくしも本当に参らなくてよろしいのですか?」


ロニヤがなんども確認しに来る。


カイルに報告をいれ指示を受ける時間はなかったはずだから、彼女の意思なのだろう。私のことを心配してくれているようだ。


「大丈夫よ」


私は彼女にむかって力強く笑って見せ、心の中で言葉を添える。


今もし母にひっぱたかれたら、私もひっぱたき返すから、と。


この年齢なら体格もそう変わらないし、もう傷を負って誰かの同情を引く必要もない。


それに家を富ませたのだから、私の重要性を母は理解している。父にとって私がどのような存在なのかも。今では母は私より格下の存在となってしまっている。そのことに嫉妬することはあっても、手を出してくるほど母は愚かではない。


貴族の女というものは序列を嗅ぎ取るのに長けているものなのだから。


屋敷に帰ると、使用人以外に出迎える者はいなかった。


母は在宅していると聞いているし、私が一時的に戻ってきたことは伝わっているはずなのだけれど。


でも、その方が都合がいいのだから構わない。私だって、いまさら親子の再会など微塵も期待していない。


今日は評議院議会が開かれているため、父が帰ってくるのは遅くても夕方以降だ。


「お父様が帰っていらっしゃるまですこし休みたいから、部屋には誰も入ってこないで」


そういいつけて、人を追い払う。それから頃合いを見て、階下へと降りていく。


目当ては屋敷の玄関広間を抜けた廊下の奥、いちばん日当たりのいい場所にある父の書斎だった。


部屋に鍵はかかっていない。それは知っていた。


音がしないよう用心を重ねて扉を開け、中へと忍びこむ。人気ひとけはない。大切な書類なども置いてあるので、用事を申しつけられない限り、使用人たちも滅多にここへは入ってこないのだ。


書斎とはいっても、私の部屋よりはるかに広い。大きな窓と、天井まで届く作りつけの本棚。その本棚に囲まれるようにして、立派な文机がひとつ、部屋の中央に設置されてある。


日当たりがいい部屋なのに、稀覯本なども置いてあるせいで窓掛けは閉めきられており、室内は薄暗かった。


「もったいないわよね。私の部屋と替わってほしいわ」


灯りをつけるわけにはいかないから、暗さに目が慣れるのを待って行動を開始する。


物を動かして父に気づかれないよう細心の注意を払い、ひとつずつ机の引き出しを確認していく。


「……ないわね」


うすうすわかってはいたけれど、目当てのものはここにはないようだ。


私はもう一度、いちばん上の引き出しを開ける。二重底の中のガラスケースに入っているのは父が使っている認証付きの指輪だ。


それをひとつ手に取り、持ってきた精巧な贋物と交換する。置いてあるのは予備のものだから、よほどのことがない限り父が手に取って確認することはないはず。


「そして小説のとおりなら、たしかこの場所に……」


私は指輪を左から二番目の本棚の奥の板に差し込み、くぼみにあてて回した。かちりという開錠の音がして、ゆっくりと本棚全体が後ろに滑る。父の秘密の小部屋だ。


本当に大切なものはこの中にあるはず。父の罪が最初にここから暴かれたのだから。


「もし父がダスターを殺したのなら、身の周りのものを回収しているはずよ」


ダスターがどこから来たのか、そして、本当に事件のことを他の誰にも話していなかったのか、父たちは調べる必要があるためだ。


ダスターが泊っていた宿はひとあし遅く、見知らぬ男たちがやってきて荷物をもっていったと宿の主人から報告を受けている。それが父の関係者であったならば、父の罪を決定づける、神官の証言を裏付けるものが、ここに運び込まれているはずだった。


と言っても、実際になにがあったかは小説では省かれていたから私も知らない。日記とか血判付きの宣誓書とか、そういったわかりやすいものであることを願いたい。


この部屋の存在は父以外知らないはずだから使用人も手を出せないであろうのに、衛生室なみに清潔だった。整理整頓が徹底され塵ひとつ落ちてはいない。几帳面にも毎回、部屋を出るまえに片づけをしていると思われ、小さな机の上はまったくなにも置かれていなかった。


さっきの部屋以上に注意を払い、私は棚を確認していく。


「……あらあら、父も可愛いところがあるじゃない」


なんと、いちばん最初に引き出しの奥から出て来たのは、グータリング原産王国歴372年の葡萄酒だった。手を組むことこそしなかったが、がめつい卿は父とも商売はしていたらしい。


お気に入りのグラスと並んでいるところからも、父が大切にしているのが伝わってくる。


「もしこのお酒の存在を母が知ったら、自分も欲しいものがあるのだと高額の品をねだっていたでしょうね」


父はそれを面倒がったのだと思う。


いくらで売りつけたのか、売りつけられたのか、気になるところではあるけれども、今探しているのはこれではない。


私はちびちびと葡萄酒を大事に味わって飲んでいる父を想像してほころびそうになる口元を引き締め、目的のものを探す行動を再開する。


次に出て来たのは当人亡き後の財産帰属の指名書――つまり、遺言書だった。まだ封がされていないから草案でしかないのだろうけれど、それでも驚いた。家のすべてが、父が亡くなれば私のものになると名指しされていたからだ。本来母の財産になるはずのものでさえも。


てっきり事細かに指示を出し、亡くなったあとも私たちの人生を縛り付けるつもりだと思っていたのに。


「母の頭は信用していないということかしら。それとも、父の血を継いでいるのは私だけだから?」


どちらにしろ、すべては接収されるのだから意味のないことなのだけれど。


ほかにあったのは新生の法律の原案、審議者の個人情報、大貴族の裏金の流れを記した記録、役人の不正な帳簿の証拠、などなど次から次に出てくる。


情報の宝庫だ。確かにこれだけの秘密を握っていれば、人を操り、裏から手を回すのもたやすかっただろう。


「もっと早く来ていたら、私だって使えたのに……!」


不謹慎にも悔しい気持ちが湧き上がってくる。


けれど、今必要でないものは見つかるのに、もっとも欲しているものはとうとう見つからなかった。


「おかしい……ダスターの物がないわ」


もう処分してしまったということ? それとも、ダスターを殺したのは父ではなかったということ? 


「ゆいいつ鍵のかかっている、この小さな引き出しが開けられたらいいのだけれど……」


もしくは、もっと丁寧に最初から探りなおすべきなのかも。


でも、これ以上詳しく触れたら父に感づかれてしまう可能性もある。まだ何も明らかになっていないこの段階では、避けたい事態だった。


そのとき、廊下の向こうから板のきしむが聞こえた。私は膝をついていた床からいそいで立ち上がる。かくじつにこちら側に向かってきている。


しかし、どうやら私の侵入に気が付いたわけではなさそうだった。近づく足音はゆっくりで慌てている様子はかけらもない。廊下の先の掃除道具入れに用があるだけなのかもしれない。


「どちらにしろ、探すのは諦めたほうが良さそうね」


指輪をドレスの小袋に隠し、本棚も元に戻して、入ってきたときと差がないよう目で確認してから廊下に出る。人の気配はすぐそこだった。のんきに鼻歌を歌っているので、やはり掃除の者かもしれない。


私は向かいの資料室に飛び込み、適当に本を一冊拝借する。こちらに置いてあるのは発注するドレスの布地や装飾の見本帳とか、そういった類のものだ。


そして、足音がちょうど部屋の前を通りかかったときに扉を開ける。突然現れた私に驚き、きゃっと小さく叫んで使用人は持っていた掃除道具を落とした。


「お、お嬢様、申し訳ございません。てっきりお部屋でお休みになっているものとばかり……」


「眠れないからなにか読むものを取りに来たの。棚の隅に埃がたまっていたわ。掃除しておいて」


「か、かしこまりました」


ありもしない埃を掃除させられる彼女には申し訳ないけれど、これで誤魔化せただろう。


私は疑問も持たず言いつけられた通り資料室に入っていく彼女を見送って、自室へと戻った。




実家からの帰宅後、何の成果もなく王宮に戻った私をさらなる絶望が襲った。


「――北に行く、ですって?」


困惑のあまり、それにつづく言葉が出てこない。信じられない思いで見つめる私をカイルはじっと見据える。


「ああ。早急に発つ」


「待って、だめよ」


カイルは、首を横に振る。


「もう決まったことだ」


いまさら、どうして。ぐるぐると頭の中を疑問が駆け巡る。


北の砦の問題は解決したはず。獣を装っていた者たちが捕まって以降、蛮族は動きを見せていない。砦は盤石で、カイルも遠征をするようすがないから当然だろう。結構な人数を拘束したから、彼らも数が減っているはず。奪える物資もなく、今、へたにこちらに手を出したら、全滅させられるのは彼らのほうだ。あとは足元の悪い中で追討するより、雪解けを待つほうがよい。


私もその案に賛成だった。春には父もおらず、お金を払う主がいなければ彼らとて自然と解散せざるを得ないのだから。


それなのに、この胸騒ぎは何なのだろう。なにか良くないことが起こりそうな、漠然とした不安がぬぐえない。


「大丈夫だ。ルーデンスはお前の元に残すが、それ以外の騎士隊は全員つれていく」


もうあちらは雪深くなっているはず。親衛隊が壊滅し、カイルが片目を失う季節になろうとしている。


……やっぱり、物語の本質は変えられないということなの?


急激に視界がせばまり、めまいに襲われ、立っていられなくる。


「ティア、大丈夫か!?」


「ええ。なんでもないの。ありがとう……」


ひどく不安だから、というだけでカイルをとめられないのはわかっている。


私は深呼吸をする。


「カイル、北には私も行くわ」


気が付けば私はそう言っていた。


北方で何かが――それが何かはまったくわからないけれど、とにかくよくないことが起こるという嫌な予感に突き動かされて。

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