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宰相の娘  作者: 衣々里まや
17歳
42/50

証言者

待つこと数刻。


ガードナー卿に連れられてようやく現れたその男は、ずっと人生に負け続けてきた者特有の表情をしていた。


目は落ちくぼみ、頬はこけて、誰に対してもおどおどとした媚びた薄笑いをつねに浮かべている。着ているものは擦り切れ、あちこちがほころび、穴だらけだった。あたりに漂うのは、何日も洗っていない体臭と混ざりあった、すえたにおい。


使用人たちは、彼が歩いたところを今すぐ掃除したくてたまらなそうな顔をみせていた。


……身なりを整えるお金は出すと言ったのに。


ガードナー卿を見ると、彼は申し訳なさそうに首を横に振っていた。おそらく、拒否されたと言いたいのだろう。


「――回りくどい話はよしましょう。単刀直入に言うわ。あなたが王都に来た目的も知っていてよ。その情報を買いたいの。正確には、ある人に証言してほしいの」


私の言葉に、上等な椅子の上で居心地悪そうにしていた男の目が丸くなり、めいいっぱい見開かれる。


彼の心の内が手に取るようにわかる。衝撃をうけ、それから確信し、計算を始める――半信半疑だった自分がもつ情報の信憑性と価値にようやく気が付いたのだ。


小説では、目の前の男・ダスターは父を強請り、そのために始末される。これで真実を知る者はいなくなった――しかし、ここに父の予想もしていなかった誤算があった。


実はこの男は、過去の惨劇の実行犯として加わっていた人物ではなかったのだ。本当の犯人は病気で死んでいたのだが、その今わの際に罪を後悔して神官に告解をおこなっており、それをたまたま耳にしたダスターが強請りを思いついて実行していただけだったのだ。


神官が告解について秘匿していたことにかんしては、仕方がない。たとえ殺人であったとしても、赦しを求められた罪の内容は絶対に口外してはならない。告白を聞くことは神の代理人としておこなうものであり、告解の中身を誰かに告げることは信仰の否定、神への重大な裏切りとみなされている。魂は決して許されることなく、破門というだけにはとどまらない。


また、亡くなった男は病気の影響もあり、晩年はときおり現実と幻覚の境をさまようこともあった。ゆえに、神官も心のどこかでひっかかりをおぼえながらも、神の代行者としての務めを正しく果たしていた。


しかし、ダスターが王都へ行き、遺体となって発見されたことで、神官は告解が妄想の世界でつむがれた物語などではなくやはり真実なのだと悟る。


そして、自らも祝祭を口実に王都へとやってくる。神官は病気で亡くなった男の言葉は口にできないが、解釈としては微妙なところではあるものの、強請りで宰相に殺されたダスターについてはなんら宗教的制限がない。


聖日の祭りでカイルに近づき、ダスターについて語ることで間接的に告解の内容を伝えたことにより、まず父が、そしてフレディリク様の罪が暴かれることとなるのだ。


「それともこうかしら?」


私はかかげた片手にさらにもう片方の手をそえてみせた。


男の口はあっけにとられたようにぽかんとあいたままだ。それを見て、私は笑いかけ、


「そうね、さらに桁をひとつ上げてあげてもかまわないわ。ただし――」


身をわずかばかり乗り出して声をひそめると、つられてダスターの上半身もこちらに伸び、一気に臭気が濃くなる。


「ひとつだけ条件があるわ。宰相およびオシュタイン大公とは交渉しないこと」


「へ?」


男が発する間の抜けた声を聞きながら、私は元の位置に戻る。微笑み、たいしたことではないとみせかけるため軽い口調で、でもしっかりと念を押しておく。


「彼らと交渉しようとわずかでも動いた時点で、この条件は破棄され、私からしかるべき場所に通報がいってあなたがもつ情報は無価値になるわ」


「お、おれがもつ情報のなかみを知ってるなら、なんでおれに話を持ちかけるんです?」


「それはあなたが知る必要のないことよ。お金が欲しいのでしょう?」


私はゆったりと椅子の背にもたれ、手を膝の上に置き指先をそろえる。がっついて見えないように。私がどれほどその情報と持ち主を求めていたかを悟られないように。


それから、落ちてもいない髪の毛を耳にかける。派手な金の指輪を複数重ねづけした手を見せびらかすように。


どう? 私に情報を売れば、あなたもこういうものがいくつでも買えるのよ、という具合に。


男が生唾を飲み込み、それから周囲のきらびやかなものすべてに目をやる。ふいにまぶたを閉じた。身が沈むほど柔らかな椅子の上で、豪華絢爛な贅沢品に囲まれている自分を想像しているのだろう。


やがて目をあけて、もぞもぞと呟く。


「か、考えさせてください」


「かまわなくてよ」


焦って彼の心を閉ざしてしまうのは避けたい。また父のところにだけは絶対にいかせたくない。


「3日後に、返事します。いいですか?」


「ええ、ではそのときに」


男を門まで案内するよう言いつけて、ガードナー卿と一緒に帰っていく背中を見送る。


扉が閉じられるとすぐに、使用人たちがすべての窓を開け、男が座っていた椅子を外へと運び出しはじめた。布を張り替えるか、廃棄するのだろう。


ダスターの宿代はガードナーに立て替えてもらっている。こっそり見張りもつけた。もし万が一ラノビア家へ向かおうものなら、彼は拉致され、私のところに即座に連絡が来るよう手配もしている。


「……あと3日ですべてが終わるのだわ」


ようやくだ。


私は力を抜いて足を伸ばし、椅子の背に身を預ける。だらしのない格好だけれど、今だけは許してほしい。


「長かったわ……」


この5年間、本当に長かった。口にすれば短く感じるが、人生が凝縮されたような5年だった。


カイルを、周囲の人を騙し、嘘をつき続ける生活ともいよいよおさらばだ。


あの男をカイルの前に連れていき、すべてを白状させ、ともに父の罪を告発して私の命の交渉をする。


そして、私はこの王宮を出て、どこか別の国へ行き、私を知る人が誰もいない場所で新しい人生を始める。ひとりで。


多分生活は簡単にはいかないだろう。手元にはほとんど残らないし、女が単身で気楽に生きていけるほどこの世界は優しくはない。


それでも、カイルを、みんなを裏切りつづける生活よりはずっとましだ。


鼻の奥がツンとしてくる。ようやくすべてが報われるからか、それ以外の何かがこみあげてきているのかは分からない。


これからの苦労はできるだけ考えないようにして、私は解放感に身を浸していた。


そうして、ようやく訪れた3日後、つまり約束の日――ダスターは、来なかった。

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