フレディリク
「ま、まぁ、フレディリク様、このような場所でお会いするとは思ってもいませんでしたわ」
扉をあけたことを後悔した。
会いたくなかった。心の整理ができていない、今はまだ。
でも、なかったことにするわけにはいかず、私は会場へと足を踏み入れた。
こちらの呼び声に振り返り、フレディリク様が微笑む。
「今日も変わらず美しいね、テオドラ。……もうすぐカイルの誕生日だろう? だから、そのための準備をね」
のんびりとした口調ながらも仮面の裏に隠しきれない苛立ちがにじんでいる。
18歳で成人とみなされるこの国では、大人になればたくさんの権利と責任が課せられる。カイルの場合はさらに王位継承も。
できるならば、その日が来るまでに殺したかった。
彼のかすかに歪んだ口元が静かに物語っていた。
「そ、そうですわね……」
一身上の都合によりとつぜん職を辞した侍女長のことは、最初こそ訝しみ、騒がれたものの、カイルの祝会の準備もあって、あっという間に忘れ去られてしまった。今ではこの多忙な時期に王宮を去った彼女に対して、恨み節が二言三言聞こえるていどだ。
「テオドラ?」
フレディリク様が首をかしげる。
いつものようにうまく笑えない。彼は、父と私が彼の母親を死に追いやったと知ったら、カイルのように殺してやりたいと憎しみを募らせるのだろうか。
「もしかして、宰相閣下になにか厳しいことでも言われたのかな? それともカイルが我が儘を言って困らせてしまった?」
フレディリク様はいっそうやわらかに微笑む。安心させるように。すくなくとも自分は味方である、と言うみたいに。
「い、いいえ……」
声が震えないようにするだけで精いっぱいだった。
感情に引っ張られてはならないと頭では分かっている。
でも、周囲の人すべてを欺き、悪意と欺瞞の中に身をさらし続けるのはつらい。そして私自身も加害者側であるのなら、なおさら。早くすべてが終わってほしい。そう願わずにはいられない。
私の様子にフレディリク様が表情を曇らせる。
「……テオドラ、ほんとうに何かあったのではないかな? 顔色も悪いみたいだ」
「そのようなことは……」
「無理はしてないかな? ……どうしてだろうね。ときどき、きみは消えてしまいそうに見えるよ」
そう告げ、一瞬ためらって、それからぎこちなく私の髪を撫でた。親戚の子どもにするように、少しだけ慣れない手つきで。
彼は、親に愛されなかった者同士の共感と言いたいのかもしれない。でも、じっさいは違う。
フレディリク様は愛されていたのだ。
美しかった容姿を変貌させ、自分の命と人生を賭してあなたに王位を捧げようとしたほどに。そして、あなたが同情している目の前の娘が、その母親を死へと追いやった。
フレディリク様だってカイルを殺そうとしている。侍女長もフレディリク様のためにカイルを殺そうとしたのだから、犯した罪をあがなかっただけ。それはわかっている。
それでも、これほどまでに衝撃を受けているのは、私が心のどこかで愛情に飢えているからなのかもしれない。
境遇を知っていても、決して幸福ではなかったのだとわかっていてもなお、少しだけフレディリク様を羨ましく思う自分がいるのを否定できない。
私が虐げられていたら、もしくは死んだら、助けようと復讐しようと乗り込んできてくれるような人がいるだろうか。
……言うまでもないだろう。
ぐっと沈む気持ちとは裏腹に、なぐさめにたいしての感謝の笑みを私は浮かべる。
「ありがとうございます。フレディリク様のお心遣い、とても嬉しく思いますわ」
父も母もそのような人間ではない。だから、テオドラ・ラノビアという愚かな娘がここにいるのだ。




