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宰相の娘  作者: 衣々里まや
17歳
30/50

久しぶりの交流会

「ティア、こちらだ!!」


周りには数名の護衛の騎士がいるていどなのに、カイルは混雑する人の中から見つけてもらおうとでもするかのように手を振り、大きな声で居所をアピールする。


ロニヤが立ち止まり、かざしていた日傘をたたむ。


おそらく、彼女はこの辺りで見守るつもりなのだろう。会話が聞こえるか聞こえないかの、何か用があればいいつけられるこの距離で。


「ほら、ティアの好きなものを作らせたぞ!!」


今日はふたりだけでゆっくりする予定だから、給仕係もおらず、芝生に直接絨毯が敷かれているだけ。


日よけの天蓋に覆われたその柔らかな敷物の上で、カイルは自ら配膳の台車から料理を取り出しては並べるという作業をいそいそと繰り返していた。


フルーツサンド、苺のトライフル、干し葡萄のスコーン、果実の砂糖煮の瓶詰、季節の野菜と香草のサラダ、桜桃のタルトなどなど。


出てくるのは、本当に私の好きなものばかりだ。カイルの好物はいっさいない。これは彼の慰労会でもあるはずなのに。


「……だと思ったわ」


私は嘆息して、持っていた小さな籠の蓋を外す。


中に入っているのは、こういうこともあろうかと事前に用意させたカイルの好物である。


油紙をひらいて塩漬け肉のクレープ包みや鶏の香辛料揚げ、チーズ入り焼きパンなどをカイルの前のお皿に載せていくと、彼は自分の好物が並べられていることに気が付き、顔を輝かせて喜んだ。


まもなく台車と籠の中身がすべて披露され、準備が整う。


なごやかな、久々の交流会が始まった。


美味しい食事にはずむ会話。聞き手と話し手が何度も交替し、私たちは会えなかった時間を互いの話で埋め合う。


「――そう。カイルは大変だったのね。でも、達成できただなんてほんとうに素晴らしいわ。そういうあなただから、皆もついていくのでしょうし」


「そ、それほどでも……頑張れたのは、ぜんぶティアの手紙のおかげだ。ティアも忙しかったと聞いているが、どうしていたんだ?」


もちろん、あなたのその陰で暗躍していたわよ。などとは言えない。


私は笑顔を浮かべ、


「不思議な現象に困っていた方の解決のお手伝いをしたり、もっともっと前に進んで頑張りたいと仰る方をはげましたりしていたわ。少しでも皆さまのおちからになれていられたらいいのだけれど」


としらをきった。


議席を失ったニンス家は一気に政界での影響力が衰えることとなった。沈みゆく船に乗り続けたいものはいない。すでに父とカイルの両者が残りの勢力を切り崩しにかかっていると聞いている。いまやあの家は政治の世界では死んだも同然だった。


政治や身の周りの報告以外にも私たちの話は尽きない。昔の、必死に話題を探していたころが嘘みたいに。


「――ええ、だからこの劇の主人公のドレスがきっと流行すると思うわ。秋には間に合わないでしょうから、冬になるわね。シュウセキの布などはちょうどいいのではないかしら。素適な色合いだもの」


私はしっかり色と形を伝える。ヒロインにドレスを贈るさいの参考にしてね、との念を込めて。


ちゃんと届いたのかは不明だけれどカイルは私の話にそうなのかと相槌を打ってから、真正面よりこちらを見据え、みょうに気合いを入れて、こう言った。


「……お、俺は銀色が好きだ」


「えっ……!?」


突然の宣言に驚くより先に、乱暴な言葉が口をついて出そうになった。


冗談じゃないわ、やめてよ、と。


なんといっても『暗き王宮にて月はまどろむ 』では銀といえば父、父といえば銀だ。


小説の限定特装版の装丁も、1巻は暗い表情でたたずむ幼いカイルの絵と金の箔押しに対して、2巻は銀の箔押しに怜悧な笑みを浮かべた宰相が描かれていた。


父ほど鮮やかな碧眼の人はそうそういないけれど、青い目自体はこの国ではそれほどまでに珍しいものではないから、やはり銀色こそが金眼のカイルとの対比で宰相のイメージである。


ちなみに最終巻は成人した隻眼のカイルと寄り添うヒロインの絵であり、とうぜんながら、私は表紙には登場しない。そこまで重要な役どころではないからだ。


ここ数年、銀糸を用いた衣装が多いのには気づいていたけれど、好きな色だったのね……。


「で、でも、あなたの目はきれいな金色だから、金色のほうがよりカイルに似合うと思うわよ」


それとなくおすすめしたつもりだったのだけれど、好みを否定されたと感じたのかカイルはがっかりした表情を見せる。しかし、次の瞬間顔をあげて、さらにこう告げた。


「む、紫はこの世で一番美しい色だと思う……!!」


「まぁ、そうなの……」


銀はともかく紫だなんて昔とはずいぶん好みが変わったとは思うけれど、成長するにつれ嗜好は変化していくものだし、そもそも私がかつてさまざまな色のドレスを着てカイルにしつこくしたから、好みの色が狭められてしまったのかもしれない。


好みと似あう色が違うというのはファッションによくある問題ではあるものの、その原因の一端が私にあるかもしれないと思うと申し訳ない気持ちになってくる。


もしそうだったら、どう償えばいいのかしら。真剣に考えこんでいると、


「――お、畏れ入ります、お嬢さま」


お話の最中に失礼いたします、とロニヤが急に近寄って来た。手には手鏡が握られている。


「どうかして?」


「……御髪が乱れております」


「あら、風もないのにどうして……。カイル、ごめんなさい。ちょっと待っててもらえるかしら」


お直しのため、見えないようすこしカイルから離れた樹の陰に移動する。


ロニヤが細い櫛で丁寧に梳きなおしているあいだ、私は手渡された鏡をじっと覗き込む。


いつもの私がそこにいる。ふんわりと可愛いヒロインとは対照的な、クールビューティーとでも評すべきテオドラの姿が。


今日は落ち着いた濃紺のシンプルなドレスで、朱色の裏地が波打つドレープの差し色となっている。念のため着衣も確認してみるけれど、こちらに乱れはみられない。リボンも歪んでいない。飛んできた葉などおかしなものもついていない。


銀色の髪に紫の瞳の、まったく普段と変わりない私が鏡の中に――ん?


カイルのさきほどの言葉、たしか銀色と紫……。


「……まさかね」


ありえないわと浮かんできた考えを一蹴する。


私はテオドラ・ラノビア。あの宰相の娘ですもの。父と私は別といっても、それはそれ、これはこれである。


まぁ、もしあれが実際に私を指していたのだとしても、ともに魔窟を乗り越えてきた戦友への友愛の情を示しただけにすぎない。


「しまったわ。それなら私も黒と金が好きだと言うべきだったかしら。いいえ、今からでも遅くない?」


そうしたら、また一歩処刑台から遠のけるかしら。


鏡越しに、私の言葉に櫛を持ったロニヤが盛大に顔を上下に動かしているのが見えた。


……何なの。何が言いたいの。


ロニヤはときどきこうして謎のパントマイムを見せることがある。尋ねたところで誤魔化されるのが分かっているからもう訊かないけれど。


それに、カイルにしたってたまたま色が私と重なっただけということもある。その場合、いきなり私から強めの好意を示されてもひくだけだ。


結局のところ、なにも言わないのが正解に限りなく近い気がする。


「良かれと思って踏み出した一歩が、相手を傷つける可能性だってあるものね」


もう鏡はいいと伝えると、ロニヤは素直に下がったけれど、その姿はカイル同様少し肩を落としていたように見えた。

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