真の後継者
「テオドラ様、いったいこれはどういうことですの!?」
こちらから訪ねるまでもなく、王宮にガードナー夫人が怒鳴り込んできた。正確には門で止められたのだけれど、私が許可を出したのだ。
彼女は示された椅子に腰掛けるとすぐさま私をなじるように指さし、甲高い声でつらつらと非難の言葉を並べ立てはじめる。
「ガードナー夫人、どういう意味でしょう?」
「分かっているくせに、なんてしらじらしいの! レジーが落ちて、エドガーが当選したのよっ!!」
「まぁ、みなさましっかりとした目をお持ちということですわね。安心ですわ」
「よくも抜け抜けと……あたくしたちを騙したのね!? 国母が聞いてあきれるわ! この性悪女が!!」
「夫人、人聞きの悪いことを仰らないでいただけますかしら」
「訴えてやるわ! 不正選挙だとね!!」
彼女は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、体の両側でこぶしを震わせ、威圧するようにこちらを見下ろしてくる。前に立ちふさがろうとするロニヤやルーデンスを制して、私は座ったまま夫人と対峙する。
脅しにしては陳腐すぎる。
訴え出られたところで痛くもかゆくもない。そのようなことで足をすくわれるような小娘だと思っているのだとしたら、見くびられたものだ。
私はただ困っている人を助け、燻っている人にはほかの未来を提示しただけ。取引はしても、父のような脅迫や命令はしていない。エドガー氏に入れろと直接の指示もしていない。もちろん証拠も残していない。
空気と時流を読むをことに長けている貴族らの能力を、私の罪にされても困る。
そもそも1票や2票なら内輪で犯人探しが行われるかもしれないが、それが半数以上ともなれば、誰もが口を閉ざすはずだ。
裏切った者同士は暗黙の結束で、裏切らなかった者もすでに己の身の振り方を考え次の寄生先を探さなければならない。先に逃げ出したものを沈みかけた船の上から声高になじったところで、己が助かるわけではないのだから。
「どうぞ、やってごらんなさいな。ですがそれよりも前に、夫人にはお考えにならなければいけないことがあるのではないかしら……たとえば、そうね、ご子息のことなど」
「レジーになんの関係があると!?」
「関係も何も、王族に手をかけたというその意味が分からないほど、愚かではございませんでしょう?」
「王族? いったいなんのこと……ま、まさか、レジーがなにか……!?」
夫人の顔が見てわかるほどに青ざめた。
私の表情と、息子の不始末を片付けてきた過去が、ありえなくはないと彼女に悟らせたのだろう。
やはり、この件に関しては彼女は何も知らなかったらしい。さすがに息子も王族を罠にかけようとしたなどと親に告げられなかったのだ。
「ご子息におききになったらいかが。詳述するとは思えないけれど。それに、その件ではわたくしも巻き込まれて怪我をしてしまったの。ほら、見てくださる?」
私は手を広げて彼女に見せる。
「傷痕がございますでしょう?」
嘘である。手のひらはつるりとしているが、すでに疑いを持った夫人はそこにないものを見て恐れおののく。
「殿下も宰相である父も、大変に立腹しておりますの。今でも犯人や協力者を見つければただではおかないと申しておりますわ」
「殿下に、宰相閣下も……?!」
「おとなしくしていることをお勧めするわ。そうでなければ、あなたの大切なご子息は失われるかもしれないのだから――ああ、それから」
私は立ち上がり、閉じた扇を指示棒代わりに彼女の肩に掛け、下に向けて押す。上下関係をはっきりと自覚させるために。さほどのちからを入れずとも、気の抜けたのように彼女はぺたりと床に座り込んだ。
今度は私が彼女を見おろす番だ。
顎をつんと上げ、当主が臥せっている件にも彼らが関わっていることを考え、念のためしっかりととどめを入れておく。
「ガードナー卿が意識を取り戻すよう祈ることね。相続法を破った貴族がどう扱われるか、あなたも知らないわけではないのでしょう?」
* * *
「父も無事快方に向かっております。本当にありがとうございました」
エドガー氏が、いいえ、ガードナー卿が私に向かって頭を下げる。
仲がいいと思っていた異母弟から、継母から、悪意をもたれていたと知ってさぞや落ち込んでいるかと思いきや、彼の様子に翳りはなかった。むしろ、今まで目をそらしつづけてきた事実を他人から指摘されたことでようやく現実と向き合う覚悟ができた、そういった雰囲気だった。
かつては利発であった――オルトの言葉のとおりの顔がそこにはあったのだ。
処遇を任せてほしい。そう言われたときには、なあなあで終わらせるのではと心配もしたのだけれど、この様子なら大丈夫だろう。
本日は、エドガー氏の評議院議員就任と新当主のお披露目会を兼ねたささやかな祝会である。
正式にはまだだけれど、すでに数名の証人を前に、口頭という略式で家督の引継ぎがおこなわれたと聞く。
会場であるガードナー邸は本来の姿を取り戻し、古風な落ち着いた風合いに戻っていた。大階段の上に飾られているのは、若い前当主と生前の美しい夫人とまだ少年であるガードナー卿がそろって微笑んでいる、見るものを笑顔にさせるような肖像画だ。
身内やごく親しい者のみを招待したときいているから、招待客は多くはない。しかし、評議院に加わる身ともなればいずれこの数は数十倍にもふくれ上がるし、ガードナー家の招待状はプラチナチケットへと変貌することは間違いなかった。
ガードナー卿もそれを分かっていて選別したらしき、彼が心から信頼できる者、そしてその信頼に応えたいと願う者たちのみが参加していた。彼らはみな、新当主が決して愚かではないのだと思わせる面々だった。
そして、その中のあるひとりの女性に、私の目が吸い寄せられる。
「ガ、ガードナー卿、あちらの方は――」
なごやかに数名の親族と談笑している中年の女性、彼女が着ているのは白地に紺刺繍の聖職服で、それは教会の者である証だった。
ガードナー卿は私の手の先の人物に目をやると納得したように頷き、
「ああ、あの人は母の姉――私の伯母です。結婚をせず神への道に進んだのですが、今でもときどきは私の様子をうかがいに来てくださるのです。亡くなった母のことでも、このたびの件でも、ずいぶんと心配をさせてしまいました」
とにこやかに説明を加える。
「……伯母君の頸垂帯の紋様は、かなりのご身分を表すものではなくて?」
「はい。伯母は主席神官の座を賜っております」
私がいくら献金してもコネクションを作ることができなかった教会の幹部が、ここにいる――これは運命だ。
「ガードナー卿、貸しはかまわなくてよ。かわりに、伯母様をご紹介いただいてもよろしいかしら」




