立候補
「レジーを評議院に立候補させる?」
あまりにも突飛な提案に、聞き間違えたかしら、とでもいうようにガードナー夫人は眉根を寄せ、首を傾げた。その拍子に耳元の大ぶりな装身具が光を受けてきらりと光る。
突然私が来たから、誤魔化す時間がなかったのだろう。彼女は今日も調子が良くないのだと言いながら、ぎらぎらの装飾品をふんだんに身に纏っていた。
「ええ、そうですわ、夫人。ニンス卿がご高齢のため引退なさるのはご存じでしょう? その後任を選ぶための評議院選挙が行われるのですわ。エドガー様も立候補なさるとうかがいました。すでに推薦者も確保しているとか」
戸惑いを見せていた夫人がエドガーという名を聞いて顔色を変える。
「あの身の程知らず……!!」
ちょっと、小さく呟いたつもりかもしれないけどがっつり聞こえたわよ。
彼女は関節が白くなるほどにぎりぎりと扇を握りしめ、拳を怒りに震わせている。オルトからも報告を受けておらず、初耳だったのだろう。
それはそうである。実際にはこれからエドガー氏を説得に行く予定なのだから。
「ご長男を引きずり下ろすことも可能ですけれど、レジナルド様も名乗りを上げれば、これはただの選挙ではないとみなが気づきますわ。そしてご長男が敗れ、レジナルド様が当選した暁には――」
「レジーこそ真の後継者の資質があると誰もが認める……!!」
ごくりと夫人がつばをのみこむ。しかしそれも一瞬のことで、すぐに考え直し、懸念を示す。
「で、ですが、ニンス様の席であったならば、ご子息がとうぜん立候補されるのでは?」
「席は3席ございますのよ。ニンス卿が座られても、まだ空席がありますの」
そうなのである。
この選挙、引退するのはひとりなのに、なぜか3つの議席が用意されている。とうぜん、ともに自分の味方を増やしたい評議院派と父の思惑が合致して成立したものだ。まぁ、なんという税金の無駄遣い。
ちなみに、評議院の最大派閥、王太王后の流れをくむニンス一派は、当主がまだまだ権勢をふるえるよう年齢制限の改正にもちからを入れていたが、そちらのほうは私がさりげなく父に伝えることで阻止している。
夫人は私の提案にかなり心惹かれていると言った様子でありながらも、伏し目がちに躊躇いながら言った。
「レ、レジナルドはああいった争いからは今まで距離を置いていて……」
まるで野心がないと言っているように聞こえるが、たんに遊び惚けていただけであろう。
「あら、ですからわたくしがいるのでは?」
「レジーを後援してくださると?」
熱い瞳で夫人がぐっと身を乗り出す。
私は扇を広げ、いかにもと言った感じであおぎ、
「夫人、選挙は公平なものですわ。わたくしが誰かを支援し介入するなど、ありえませんわ」
「そ、そうですわよね」
「――ですが、その座に相応しいのは真に貴族たる者である――そう思いませんこと? 酒乱の、女にだらしのない、どこぞの男ではなく。政治に携わるものを正しく導くのもまた、将来の国母となるわたくしの務めでもありますわ」
私は共謀者に向けるような意味深長な笑みを彼女に送る。
私のほほえみを受けて、込み上げる期待を抑えきれないといった様子で夫人は私に駆け寄ってくる。長い爪で傷をつけないように、でも逃がしはしないとしっかりと強いちからでこちらの手を握ることも彼女は忘れなかった。
感極まった熱い吐息とともに私の名を口にする。
「ああ、テオドラ様……!!」
「もちろん、強制はいたしませんわ。評議院ともなれば、絶大な権力を手にすることができると同時に重大な責務も負います。ですので、レジナルド様がためらい、戸惑うお気持ちもわたくしは理解できますもの」
夫人の目を覗き込み、権力をあえて私は強調する。
彼女の目には、すでに選挙に勝利し、継承権と評議院で絶対的な力を手にしている息子の姿が浮かんでいるのがわかった。
「立候補の締め切りまでまだ数日ございますから、それまでにお心を決めていただければと思いますわ」
もうとうに答えは出ているであろうに、夫人はもったいぶった様子でうなずく。まるで息子は権力などまったく興味がない無垢な男であるため、断る可能性がおおいにあるといったかんじで。
その顔を見て私は心の中で彼女に問いかける。
夫人、人を騙すのは得意かしら?
とうぜん、返ってくる答えはない。
だから、私が自分で応じる。
もちろん、私は人を騙すのがとても得意よ、と。
先週分、予約日時を設定し忘れていました。すみませんでした。




