裏の事情
ひと先ず状況の把握はできたということで、男――オルトは帰した。呼び出したときはいつでも駆け付けるようにと言い添えて。
少なくとも過去の事件は明確な殺意で行われたわけではないらしいことが判明した。二度と起こらないことも保証された。
「私がこれ以上ガードナー家に関わる理由はなくなったわけね」
いっぽうで、なにか直感のようなものがもう少し調べるべきだと告げていた。
たとえば、夫人が私に声をかけてきた理由。
本気で自分の産んだ子を後継者にしたいのなら、それこそ親族に働きかけ味方にしたほうがよほど実利がある。父やカイルにそれとなく伝えてほしいとお願いもできたはずである。
しかし、彼女は他の誰でもなく私にこだわった。なんの権力もない、とるに足らぬ立場の、この私に。
どうするべきか、考えていた私にロニヤが声をあげた。
「あのお嬢様、じつはわたくし、ずっと考えていたことが……」
「ぜひ聞かせてほしいわ」
「ガードナー家のお屋敷で見た肖像画のことでございます」
まだ当主が亡くなってもいないというのに、大胆にも主であるべきあの大階段の上に飾ってあったもののことを言っているのだろうか。
「まず、あの絵の夫人がつけている耳飾りはバルルドゥのものではないかと思われます」
「バ……なんですって?」
「失礼いたしました。夫人はお嬢様に、血族がこの国の出生ではないと仰られたのですよね。その説明であの装身具を身に着けているなら、当てはまる民族はバルルドゥしかおりません。ですが、バルルドゥの血を濃く継いだというのなら、レジナルド様のお顔の特徴があまりにも――」
「つまり、夫人がなにかしらを偽っている可能性がある、といいたいわけね」
そういえばロニヤの母親はこの国の人間ではなかった。旅芸子でもあった母親が貴族の妾としての生活を窮屈に感じて家を出ていくまでは、母親に連れられてなんどか帰郷したこともあると言っていたから、私よりよほどそちらの事情に詳しいはずだ。
「お嬢様、わたくしにおまかせください。調べてまいります」
「……でも、あなたのお家での立場が悪くなってしまうのではないかしら」
庶子、しかも異民族の血をひき、さらに母親から捨てられたということもあって彼女の家での立場はあまり良くなかったのだと、以前、家のことを語ってくれたとき、その口調からうかがえた。夫人や嫡子との関係も冷え切っていたのだろう。
王宮で働くことになり――たぶん、間者をすることにより――、ようやく父親の関心も多少は彼女に向くようになって、家での扱いもすこしは改善されたようだけれど、母方の実家と連絡を取り合ったことがわかれば、やはり嫡母はいい顔をしないはずだ。
「お嬢様、かまいません。どうぞ、わたくしのことはお気になさらず」
彼女は私の足元で訴える。
「お嬢様のお役に立ちたいのです」
「ロニヤ……」
私が虐待を受けていると知ったときもそうだったけれど、それ以上にロニヤを庇って以降、彼女の態度が明確に変わっていった。優しくするたびに、まるで私を騙していることへの詫びのように献身的になっていったのだ。
そこまでのことはしなくていいと彼女に言いたかった。騙しているのはこちらも同じなのだから、と。
けれど、説明などできるべくもない。
私にできることといえば、この命をカイルに交渉するさい、彼女の献身を忘れずに伝えることくらいだ。
「――わかったわ、ロニヤ。お願いできるかしら。必要なら休暇も与えるから、このさい徹底的に調べてきて」
そのような会話をして両手では足りないほどの日数が過ぎたころ、ロニヤが思ってもいなかった情報を携えて王宮に戻って来た。
「夫人の血筋にレジナルド様と同じ特徴を持つものはおりません」
「なんですって? それは本当なの!?」
「はい。夫人の祖母という方を調べましたところ、やはりバルルドゥの部族の出でした。念のため曾祖父母についても話を聞きましたが、みなの瞳は同じ色をしていると証言を得ました――こちらが証言書になります。また、夫人は証を立てようとみずから祖母を屋敷に招きガードナー卿に紹介したとのことですが、彼女は招待を受けた覚えがないそうです」
「……わざわざ偽るだなんて、理由はひとつしかないわよね」
ずいぶんと強引な手段に出るとは思っていたけれど、兄が優秀だから焦っていた、というだけではなかったというわけだ。
「それからもうひとつ気になることが――」
「なにかしら?」
「約1年ほど前に、同じようなことを質問しに男性が現れたそうです。その男性が乗って来た馬の鞍には、猛る山羊の紋章が刻まれていたとか」
ガードナー家の紋章だ。しかも、時期が気にかかる。
「1年前って、まさか……」
「はい。ガードナー卿がお倒れになられたころのことのようです」
「なんということなの……」
偶然、というにはできすぎている。
もし、当主が己の息子の血筋に疑問を持ち、探り、真実を知って、彼女たちを処断しようとしていたとしたら。それに気が付いた彼女たちが先に手を打って出たのだとしたら。
知りたくもないことを知ってしまった。
迷っている場合ではない。何か大きな騒動になる前に私は手を退くべきだ。この問題はエドガー氏が対処すべきものであり、これ以上こちらが首を突っ込めば、貴族法に抵触する恐れがおおいにある。
この大事な年に自分に、ひいてはカイルに瑕疵が付くことだけは絶対に避けなければならない。
ロニヤは絶句する私に、他にも報告があるのだとつづける。
「また、ここ半年ほどしばしばガードナー夫人にある者が接触を図っていたとの目撃証言がございました」
「いったい誰なの?」
「ニンス家の関係者であるとのことです」
「……ニンスって評議院議員のニンス卿のこと? なぜ、親族でもない家の名前が出てくるというの――……ああ、そういうことなの」
どうして夫人が政界でちからを持ち発言力もある父へとりなしてもらおうとせず、ただの小娘でしかない私に頼みごとを持ち込んできたのか、ようやく分かった。
つまり、この件の裏で糸を引いていたのは、ニンス卿であるということだ。
今カイルは政治で忙しい。
それは今度、貴族評議院に欠員がでて、あらたな選挙が行われるからだ。カイルの派閥としては王族により近い考えの者を送り込み貴族の力を抑え込みたいし、評議院派はとうぜんながら自分たちの一派の者を当選させたい。もちろん、父も同様だ。
投票日はまだ先だけれど、すでに水面下で三つ巴のはげしい攻防がおこなわれていることだろう。
かつてのような権勢が揮えない今、ニンス一派が父とカイルに手を出して無事に済むとは思えない。だから選挙というこの大事な時期に私の足を引っ張ることによって、父とカイルに少しでも瑕疵をつけ威勢を抑えようとしたのだ。
なにせ私は世間的には、父である宰相と婚約者である王子様にそれはもう溺愛されている娘なのだから。
ガードナー夫人は、ある意味、そのことに利用されたのだろう。
貴族法は貴族の義務や権利を記しているだけではない。
ときに平民ではたいして問題にならないような事柄が明確に罪として定められている。前にも述べたけれど、他家の継承問題に血のつながりを持たぬ者が関わっては絶対にならないのだ。これが許されればいくらでも家の乗っ取りが可能になってしまうから。貴族にとって家の継承、存続は血をたもつと同時に財産、地位、歴史を守ることにもつながる。
ここに手を出すことは、すなわち貴族に対する最大の裏切りとなるのだ。
同時に、ニンス家もまたガードナー夫人に欺かれたのだろう。
私をおだて、そそのかし、問題にかかわらせることで本来なら権利のない次男を当主の地位におしあげる。それがうまくいかずとも――実際、彼女もうまくいくとは思っていなかったはず――、協力したことで今後ニンス家の支援は受けられる。
ニンス卿がどこまでガードナー家の内実を把握していたのかは不明である。でもおそらくは、単純に後妻の子と先妻の子のあいだでもめている、程度の認識だったのではないか。
一瞬、4年前の事件に噛んでいた可能性も考えたけれど、それは絶対にないだろう。勢力が弱まるのは歓迎できても、カイルに何かあって一番困るのは、王族の外戚の立場をもつニンス卿なのだから。
テオドラという令嬢を餌に、ニンス家は宰相とカイルを陸に釣り上げ力を削ごうとし、夫人は当主の椅子を釣り上げ息子にささげようとした。
しかし、偶然にもその餌である私はガードナー家と4年前に因縁があった。さらに私には耳目となる使用人も、優秀な騎士も、異民族に詳しい賢い侍女もいた。
夫人はおそらく、自分の息子から4年前の事件を聞かされていないのだと推察される。さすがにそれを知ってなおニンスの案に乗り、私に話を持ち掛けるような危険な賭けには出るはずがない。
「殿下にご相談なさってはいかがでしょうか?」
政治的側面をはらんでいたと分かり悩む私に、ロニヤが唐突にカイルの名を出す。
確かに彼女の言うとおり、オルトに巻き込まれたのはカイルも同じだから相談するのはおかしなことではない。しかしこの場合、どちらかというと、最近彼とあまり会わないのを気にしての発言だろう。私ひとりでは処理できないから、というより、カイルに会うきっかけを彼女は提案している。
けれど、会えないのは仕方がないのだ。
さっきも言ったけれど、今カイルは本当に忙しい。くわえて政務の合間に運命のようにヒロインと再会を繰り返してもいるはずだし、私を思いだす暇などありはしない。
――そう思っていたのに。
とうとつに部屋の扉がノックされ、使用人が大きな花束を抱えて入ってきた。花は果実のように香りのよいものばかりが選ばれているらしく、少し離れたここからでも甘くみずみずしい芳香をかんじることができる。
「テオドラ様に贈り物でございます」
ロニヤが受け取り、添えられていた手紙を取り出し、私に渡す。そこには見慣れた文字が並んでいた。
「……カイルからだわ」
「まぁ、お嬢様、お話をしていたらですね!」
まるで私とカイルの心が通じ合っているといわんばかりに嬉しそうな声をロニヤはあげる。
“ティア
このところ、まったく交流会を開くことができなくてすまない。
息災だろうか。無理はしていないだろうか。
俺のほうは何とかやっている。
今までは声が聞きたくなったら話しに行けばよかったし、顔が見たくなったら会いに行けばよかったから、手紙を書くという発想がなかった。我ながら愚かなことだ。
だが、こうして文章にすると、いつも告げようと思っても火のついた蝋のように溶けていく言葉が何とかなりそうな気がしている。
ティア、俺は、俺の人生に家族以外の他人が入る余地はないと、ずっとそう思っていた。でも、そうじゃないと知った。
口にすれば舌の上に上等な花蜜のように感じられる音を、書けばそこが光り輝いているように見える名を、名残の空気や影すらこころ弾ませる存在を。この複雑にも重苦しい場所で分け合って生きるというあたたかさを。
多分幼い俺はそれをいくら説明されても理解できないだろう。でもいまの俺は知っているし、理解してもいる。
そして、それはティアのおかげだ。ありがとう。
ああ、やはり、手紙でも胸の内を言葉にするのは難しいな。現にたったこれだけの文章を書くのに幾晩も要した。
すぐ近くにいるのに顔を合わせることさえできないのが、ほんとうにもどかしい。
だがこうして努力し、俺がちからをつけ強くなることが、のちのちの危険や苦しみを取り除き、守ることにつながるのだと信じている。
だから、もう少しだけ待ってほしい。終われば、一日中、四季園を巡って共に過ごそう。ティアの好きなものばかり並べて。
その日を楽しみにしている。
追伸:もし良かったら、一言でかまわないから、ティアからの返事をもらえたら嬉しい。ティアが書いてくれた手紙を衣の内側に忍ばせておきたい。心臓にいちばん近い場所に。そうしたらもっと頑張れると思うから。”
ところどころ文字の端にインクの溜まりがうかがえる。ためらいの証だ。本当は、別のことを書きたかったのだろう。
疲れたって言いたかった? 愚痴をこぼしたかった? 自分が得することしか考えない人たちにときに譲らなければいけない悔しさを訴えたかった?
でも心にうず高くつもるそれらをぐっと飲みこんで、ここには私を気遣うやさしい言葉だけがつづられている。
文字のひとつひとつから伝わるぬくもりが、手紙をもつ私の指をたどって胸の奥にゆっくりと広がっていく。
頑張って、カイル。あなたならできる。あなたならやれるわ。
私だって今すぐ駆けつけてそう声をかけてあげたい。カイルの傷ついた心を優しく抱きしめ大丈夫だと言ってあげたい。
でも、私たちが足を浸しているのは政治の世界だ。幼子のように抱きあげ、ただ頭を撫でているだけでは何の解決にもならない。
ロニヤに紙とインクを指示し、彼女が用意しているあいだに私はあらためてこれからのことを考える。芳しい花の香りに包まれながら。
「……カイルが頑張っているのだもの。私もできることをしなくちゃ」
今回の選挙に手を出すつもりはなかったけれど、ちょうどいいのかもしれない。
ここで目をつむっておとなしくやり過ごしても、ニンス卿はまた私をどうにかしようと邪魔をしてくる可能性がおおいにある。脇役同士で潰し合っている場合ではないというのに。
それに私はあの閉じ込め事件で怪我をしたし、カイルだってそうとう苦しんだ。
子どもがやったこと? だから何だというのだ。それを言うのなら、被害を受けた私たちだって子どもだったのだ。
「つまり、借りは返さなくちゃね」




