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宰相の娘  作者: 衣々里まや
17歳
25/50

使用人の告白

ガードナー家の子息らと顔を合わせた更に数日後のこと。


咎められるのを恐れて逃亡する可能性を考え、ルーデンスを遣わしたのだけれど、男は意外にもおとなしく従ってきたらしい。逃げるそぶりさえ見せなかったそうだ。


私の部屋に姿を見せた彼は、王宮の雰囲気に気圧されたのか若干体を縮こめてはいるものの、叱責を恐れる表情も、媚びて追及を逃れようとする意思も見られない。その顔に浮かんでいるのは、どちらかというと安堵といったほうが近いだろう。


「なぜ、呼ばれたのか理解しているかしら?」


「はい、ラノビア様。重々承知しております」


男は低くこうべを垂れたまま答える。言葉はしっかりとしていて、話し方にもおかしなところはみられない。


落ち着いているのは状況を理解できていないから、というわけではなさそうね。


「わたくしを知っていて?」


「はい、テオドラ・ラノビア様。ラノビア宰相閣下のご息女様であり、カイル殿下のご婚約者様でいらっしゃいます」


「初めまして、というべきかしら?」


「……いいえ。4年前、ラノビア様とは殿下のご誕日の祝会にてお会いしております」


この返答は予想外だった。


てっきり、知らぬ存ぜぬで押しとおすつもりかと思ったのに、過去を隠す気もないらしい。


いったい、どういうことなの。この男はなにを考えているの。


私の戸惑いを感じたかのように男が言葉を発する。


「ラノビア様のご困惑も当然のことと存じます。差し支えなければお伺いしたいのですが、お嬢様は奥様よりレジナルド様の後継者としての後押しをお願いされたのではございませんか? しかし、調べていくうちにそれに疑義をお持ちになられたのでは?」


まだどちらにも与するつもりがないため、私は答えない。彼はすぐさま、


「差し出がましいことを口にいたしました。どうかお忘れください。しかし、お嬢様がわたくしにもっともお尋ねなさりたいことに関しましても、わたくしは重々理解しております。恐れながらお許しいただけるのであれば、ご説明させていただきたく存じます」


「……かまわないわ。話してちょうだい」


「感謝いたします。――わたくしは、もともとはレジナルド様の付き人でございました。主人であるガードナー様よりのご命令です。レジナルドお坊ちゃまは、ご自分が第2子であることを重々承知しておられました。それはもう幼い頃から、家を継ぐのは兄であると理解していらしたのです。その理解は成長していくごとに増しました。兄君は――エドガー様は目立つ方ではございませんが大変優秀でらっしゃいましたから、何もかもが劣り、エドガー様には勝つことができない将来を坊ちゃまは憂いたのでございます」


それがいちばん私が知りたいこと――あのとき、誰のために、なぜあのようなことをしたのか――とどう関係するのか。目で問いかける私に答えを提示するが如く、


「幼いながらも、レジナルド様は権力構造を理解しておられました。貴族の頂点に立つのは王族である、と。その王族の最たるカイル殿下が、レジナルド様を跡取りに望ましいと仰ればどうなるのか、ということを。それが、あの晩の出来事へと繋がりました」


「事件とどういう関係が? そもそも、どうして殿下が見も知らぬ男を推挙するなどと思えるのかしら。縁もゆかりもな――」


まさか、という気持ちが持ち上がる。


「ま、まさか、あなたが言いたいのは、閉じ込められているのを救うことで恩に着せようとした、ということ……?」


「おっしゃるとおりでございます」


「なんということなの」


つまり、あの一件はほんとうに父ともフレディリク様ともまったく関係がなかった。それどころか、カイルのトラウマも知らずに実行された子どもの自作自演、悪戯にも近いものであったということだ。


子どもの思い付きというのは恐ろしい。そしてそれを実行してしまえるほどの無謀さも。


たしかに、かつて私は幼さはいろいろな意味で武器にもなるといったけれども……。


もちろん私だって、助力になることで心を掴もうと色々画策はしてきたから、人のことをとやかくは言えない。でも、さすがに自分で相手を穴に突き落としたのちに手を差し伸べるようなことまではしていない。


背後に幼稚さを感じ取ったあのときの私の勘は間違っていなかったのだ。とはいえ、ここまでとは思ってもいなかったけれど。


「愚かなことを……。おかげでどれほど――」


どれほどカイルが苦しんだか、と言おうとして舌先でかろうじてとどめた。


カイルのトラウマは秘密だ。もうすぐヒロインとのある出来事によって克服されるとはいえ、今はまだ彼の弱点と言えるものを暴露するわけにはいかない。


「わ、私がどれほど怖かったか……!!」


慌てて言い換えた私に気づいた様子もなく、申し訳ございません、と彼は深々と頭を下げる。


「納得はしていないけれど、とりあえず理由は理解したわ。でも、それならどうして私まで巻き込まれたの?」


「お嬢様は殿下以外で、かのラパント卿の教えを受けている唯一のお方です。お坊ちゃまも兄に対抗すべくラパント卿に教えを乞いましたが、すげなく断られてしまい……矜持を傷つけられたのでございましょう。おそらく、お嬢様を辱めることでラパント卿に己を誇示したかったのではないかと……」


「そのていどのことで!?」


本当に幼さというのは恐ろしい。


「なぜ、とめなかったの」


「……正直に申し上げますと、成功するとは思えなかったからです。すぐにどなたかにひきとめられて終わるものと……ですので、どれほどに愚かな計画であるかをご説明し、癇癪をおこされ罰を受けるよりは、と思っておりました」


「ところが、運よく誰にも見つからずに忍び込めてしまった、というわけね」


「いえ、実は王宮の働き手に見つかったのですが、おそらく臨時の雇い人と間違われたのでしょう。とくに咎められることもなく……」


初耳だった。


みすみす見逃すだなんて、全く役に立っていないじゃないの!!


あの事件以降厳しくはなっているけれども、あらためて使用人たちに怪しい人物に気を付けるよう言い聞かせておこうと強く心に留め置く。


「それで、話はこれで終わりではなさそうね?」


「はい。わたくしがエドガー様のおつきにかわったのは、だんなさまのご命令ではあったのですが、レジナルド様の入れ知恵でもあったのです。わたくしは命を受けました。エドガー様の日常に探りを入れ、何かあった時は報告しろと」


過去の話から、今へと戻ってきたのだ。私はつづく彼の言葉に耳を傾ける。


「エドガー様の不名誉な工作はすべてわたくしが行いました。ときには水に薬を入れ、酔わせ、問題となるような別の場所へ運びこみ、服を脱がせました。坊ちゃまからの命令であり、脅しでございました。もし、逆らえば王宮での事件の犯人はお前だと告発すると言われ――わたくしは坊ちゃまの命にしたがっただけではございますが、実際に行動したのはわたくしひとり。坊ちゃまは途中でつかまり退去させられてしまいましたので」


そのことについては、風の噂で耳にしていた。当時、迷子がひとり保護されていた、と。


あれがレジナルドだったのね……。


男は今までの人生を否定するようにかぶりを振る。


「もう坊ちゃまのために働くのはこりごりなのです。要求は回数を重ねるごとに増え、それが愚かであればあるほどわたくしが不始末を請け負わなければなりませんでした。そして偽装工作をすればするほど、それすらも次の脅しの種になってしまうという悪循環でございました。利発でいらしたエドガー様が日に日に人目を避け、お屋敷に籠るようになられたのも見ていて心苦しく、耐えがたくなりました」


男は懐に手を入れる。ルーデンスがすぐさま剣の柄に手をかけるが、男が取り出したのはいく枚かの紙だった。


ロニヤがまず差し出されたものを検め、危険はないと判断して私に手渡す。


そこにはガードナー家の次男が今までにおこなってきたことの告発文と、女性からのレジナルド氏への抗議の手紙や彼の行為をなじる文書も交ざっていた。いくつかについては印章も押されているため、簡単に偽造できるものではないことがうかがえた。


念のため裏はとるけれど、本物で間違いなさそうね。


私はあらためて、伏したままの男に目をやる。緊張に身を固くしてはいるものの、後悔は感じられない。


レジナルド氏は境界線を見誤ったのだ。追い詰められれば、ネズミだってネコにかみつく。


もうレジナルド氏のために働くことはしないと彼は覚悟を決めたのだろう。


「……だから、あなたはあの日、わざと私の前に自分の姿をさらしたのね? わざわざ杯を割るという目を惹く行為までして」


「……ラノビア様は手前どものような下の者にまで目をかけてくださる、お優しく聡明なお方であらせられると、お噂は伝わっております。そのようなお方ならば、必ずやわたくしの姿に気が付かれるであろうと考えました。浅慮ではございましたが」


彼は低く地に額が付くほどに頭を下げる。そして言った。


「罰を受ける覚悟はできております」

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