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宰相の娘  作者: 衣々里まや
17歳
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ふたつの噂

ガードナー家にまつわる風聞をとにかく集めて。


まずはあちらの家を探るため、そう指示を出して数日後のこと。


私の部屋の居間には大勢の使用人たちが集まっていた。若い子たちばかりだから、非常にかしましい。まるで女子会のノリだ。みな思い思いの場所に陣取り、自分の順番が来るのを今か今かと待ちわびている。


そうして順番が回ってくると、怪談を披露するように使用人たちはそれぞれが聞き集めた話をひとつひとつ語っていく。


「エドガー様はそうとうお酒が好きみたいです。お酒の飲みすぎである朝、公園で裸で寝ているのを通りがかりのひとに発見されています。そのひとにも話をききにいったら、ほんとに裸で、下着どころか靴下すら履いてなかったそうです!」


「晩餐会で、エドガー様に捨てられたと訴え出た女のひとがいるそうです。その場に居合わせた者の証言によると、エドガー様は否定したそうですが、彼女はエドガー様に閨の際に貰ったと証拠の装身具を見せたらしく――こちらはたしかに自分の私物であるとエドガー様本人も認めたそうです――、騒ぎを鑑みた夫人がその場で頭を下げ、彼女を何とかなだめて場をおさめたとか」


「ある祝会で、お屋敷の夫人の寝室から乱れた格好のまま慌てて走り去る姿が、おおぜいに目撃されています」


「……なんか、言いにくいんですけど、わたしはいいひとだと聞きました。使用人の妻が産気づいたり、家族に病人がいたりすると休みをくれるし、見舞いの品ももらえたって言ってました」


「あの、あたしも会場の給仕係をしている友達に話を聞いてみましたが、反対の話ばかりでした。下の者にも丁寧な対応でとても紳士的だったと――」


報告しながらだいたんに両手で菓子をほおばる少女にロニヤはぴくりと口元を震わせるが、私の許可が出ているのを思い出したのか、かろうじて堪え、私に言った。


「両極の証言ばかりですね」


おかしい。普通は本性を隠し猫をかぶるのは社交界であり、真実は表にない場所で発見されるものである。だというのに、その真反対とは。


火のないところに煙は立たない、という。噂されるからには、なにかしら根拠となるものがあるはずだ。


しかし同時に、根がなくとも花は咲くという言葉もある。


実際、私も聞き集めていたのだが、彼について社交界ではあまりよい噂は耳にすることがなかった。泥酔による失態に酒宴での乱痴気騒ぎ、暴力事件。


ただし、いくつかについては噂の域でしかなく、実際には大したものではないのに話に尾ひれがついて歪められただけのものもあったのだけれど。


また、噂は少し前のものばかりだ。酒に懲りたのか、あまりの醜態に人目を避けているのか、夜会などにも顔を出さなくなって久しいらしい。


「みんな、ありがとう。次はレジナルド氏の話が聞きたいわ。なにか情報を得られた人はいるかしら」


すぐさま我こそはとばかりに次々と手が上がり、ロニヤが順番に指名して話をさせる。


「友達のところのお嬢様が夜会で声をかけられたのに、すぐに捨てられてしまったとか。お嬢様は名を明かさなかったそうですが、友達は絶対にレジナルド様だと。お嬢様がずっと泣いておられ、お可哀そうだったと言っていました」


「レジナルド様の元で働く使用人は男のひとばかりです。というのも以前は女の使用人もいたそうですが、ガードナー様がある日、女は別に移し同性ばかりにするよう指示を出したそうです。使用人に手を出していたのではないかとの噂があります」


「直接的なものではないのですが、以前、たちの悪い貴族の坊ちゃまたちが罪を犯してつかまった事件がありましたよね。あの事件には関与していなかったみたいですが、レジナルド様はその集団と仲が良く、たびたび一緒にいるところを目撃されていました」


「使用人なのに、気軽に声をかけてくださって、いつも外見を褒めてもらえると友達は喜んでいました。本気がかどうかわかりませんが、お茶にも誘われたらしくて、でも仕事でいけなくて残念だったと」


「金払いも良く、人付き合いも多かったそうです。誘えば、たいてい顔を出してくださるとか。お金もいつも渋ることなくしっかり払ってもらえるので、お店は助かっているそうです」


こちらも同じく反対の証言が飛び出す。


私も彼について社交界での噂をいくつか耳にした。


たとえば、とある淑女が酔ってしまい、レジナルド氏に介抱のために部屋に案内されると乱暴されかけた、と乱れた姿で飛び出してきた。彼は息が苦しいから背中の飾りをどうにかしてほしいと頼まれただけでそれ以外には絶対に指一本触れていないと主張し、両者の言葉は平行線をたどったが、結局、女性が翌日に撤回して終わっている。


実際のところ、当時彼女はかなり泥酔していて、彼女の証言のほうが疑われた形となっていた。


そしてエドガー氏同様に、彼もまた噂の元をたどろうとすればいつのまにか消えてしまっていることが多い。たいていが真偽のほどは不明であった。


くわえて、貴族の子息子女にはある程度の年齢になれば、身の周りの世話は同性の者がおこなうようになるものだ。私だってカイルが特別につけてくれたルーデンス以外に男の従者はいない。使用人が入れ替わるというのも珍しいことではない。


「どちらも両極端すぎて、真偽の決め手に欠けるわね……」


双方ともに噂は多いのに目撃者が少ないというのが気にかかる。これはレジナルド氏とエドガー氏の情報戦の結果なのだろうか。だとするなら、ややこしいことをしてくれたものだ。


ふたりのうち、どちらかが罠にはめられており、もう一方だけがロクでもない人物であるという可能性はある。あるいは、どちらの噂も真実でどちらも最低の人間だという可能性も。


「そうなったらガードナー家はおしまいね……」


ゴシップにことかかない息子たちにたいして、ガードナー家自体についての世評は取り立てて悪いものではなかった。


地味で堅実な当主であったようだ。


妻に先立たれた主人が寂しさから後妻をもとめ、若い女が嫁ぐ。貴族には良くある話。やがて高齢のため当主が臥せり、代わりとして若い妻がいっさいを仕切るようになる。これもまたありふれている。


問題は、どこにもガードナー家とあの男と私のつながりが見えてこないことだ。


「そんな家が、なぜ4年もたって私に再び接触を……?」


男の目的と正体、そして男の雇用主であるガードナー家、彼らの意図がさっぱりつかめない。子息に関する噂もどこまでが本当なのか。


とりあえず、これ以上情報は出てきそうにないため、私はめの言葉を口にする。


「……みんな、ありがとう。とても役に立ったわ。引き続き、こういった感じで集めてちょうだい。悟られないようにあくまで自然にね。それから、部屋を出ていく前にロニヤからお土産を受け取るのを忘れないで」


土産、という言葉に彼女たちは歓声を上げて飛び跳ねる。その姿を眺めながら、今後のことを考えた。


一応頼んではみたけれど、おそらくこれ以上新しい事実が出てくることは難しいと思われる。


大きな門閥ならまだしも、古いだけが取り柄の、いまとなっては誰も歯牙にもかけないような小さな血脈だ。私のほうでも集められる情報に限界がある。


「どちらにしても夫人とは接触しているのだし、隠れて動いても無駄ね。いっそふたりに会って、直接反応を探ってみるのもいいかもしれないわ……」

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