最強暗殺者の夢は普通の青春!
全身を漆黒で覆った若い青年が男に向かって歩く。穴が空いた壁からは風が吹き、そのローブがゆらゆらと揺れていた。
鼻から下が見えないマスクを被っているためその顔はわからないものだったが、唯一挙げるとするなら特徴的な黒髪。
「ヒィッ、や、やめてくれ! 女……いや金でもなんでも用意するからさっ! なっ!」
先程まで神白銀や神赤銅、エメラルドと言った装飾がされた豪華な椅子に座っていた豚が急に命乞いを始めた。無理もないだろう
目の前で豚の精鋭護衛隊十名を暗殺したのだから。
伯爵家の次男坊であるロリアス=バット=レイハントンは王国、サリアス王国で禁止されている奴隷の売買を行なっている闇組織のトップである。
こんな豚みたいな顔をしているが頭は冴えており、情報によればコイツが死ねばほぼ組織は壊滅する予定だ。
あくまで予定だ。
そして後は残った各地にある拠点を潰せば仕事は終わる。
「そうだな。それじゃあ今までのやってきたことを王国に全て告発する、とかはどうだ」
「わ、わかった……はっ、油断するのが悪ぃんだよ!」
ワザと一瞬手に持っていたロングソードを持ち替えるとロリアスはいきなり椅子を離れ後ろにあった本を引くが……
「っ!? う、嘘だろ、転移装置が作動しない!!?」
「おおぅ、転移装置ってこれか? さっき戦っている時に取ったんだよ」
頭は冴えているが所詮は豚だ。こんな小細工にハマるわけがない。
さっさと終わらせよう。
俺はそう思うと月明かりに照らされながら手に持っていたロングソードで豚の頭を切り落とした。
「あぁ“、そうだ。」
俺は面倒ごとを思い出すと爆破の初級魔法、【爆裂】で床に穴を開ける。
「ヨイっと」
十mほどの深さだったが問題なく着地した。上から垂れている豚の血の音がするが気にしない。
「やっぱ情報どおりあの豚、男爵令嬢を誘拐してたか」
そこには魔鋼で加工された牢屋の中にたたずむ金髪の少女がいた。恐怖で気絶してしまっているためか目を瞑っているが、顔は整っており、きっと二度見不可避の顔だ。
「早く助け出してやるからな」
すぐさま錬金術技能の一つ【錬成】で牢屋を変形させると少女を檻から出す。少し汗ばんだ鎖骨にちらほら髪が張り付いてるのはなんとも艶があった。
体を見る限りまだ純粋らしい。
俺は豚の小屋を出ると見つからないように男爵令嬢、ニコル=ライファンを担ぎ王都の警備兵の元に向かった。
「あのー、すいません」
「どうしました?」
「ちょっと彼女が道に倒れてまして、よし。それじゃあ!」
警備支部、まあ交番みたいな場所に彼女を置くと俺は闇に消えるように逃げた。別に家のベッドに置いてやってもよかったが、めんどくさいので却下。
警備兵の呼ぶ声が聞こえたがお構いなしに俺は足を進めた。
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俺の名前はファミル=プラントン。プラントン家の次男である俺は暗殺者である師匠もとい親である、ゲイモン=プラントンから暗殺の術を教えてもらった。
母であるレイニー=プラントン、兄であるベイル=プラントン、そして妹であるアリス=プラントンの四人家族であり、表では普通の家族、裏では妹以外の全員が暗殺者。
そんな暗殺一家に生まれたファミルはは十五にして最強の暗殺者となった、が彼には一つの夢があった。
それは
———普通の青春がしたい。
「母さんご馳走様」
俺は母さんの作った朝食を終えると玄関に向かう。ちなみに今の母さんは暗殺家業から足を洗い専業主婦として頑張っている。
「兄ちゃーん! 学校がんばりなよー」
「わかってますよー」
玄関の扉を開けようとしたところで最近十三歳になった妹のアリスが話しかけてくる。妹を見ると毎回思うが、なぜ俺は黒髪でアリスは白髪なのだろうか?
兄弟じゃなかったり? といった考えは縁起にも良くないのですぐ切り捨てた。
「おい、フ“ァミル! 頑張れよぅ」
「お、おう?」
すると父ちゃんが威勢のよい声で話しかけてきた。
「あれ、兄ちゃんは?」
そう言えば兄ちゃんことベイルの姿が見えない。どこいったのだろう?
ちなみに十九歳ニートね。
「ベイルなら噂のパチンコに行ってるとよ」
パチンコ、途切れ途切れの前世の記憶にもあるカジノのようなもの。どうやら異世界人が発明したものらしい。
「まぁた、パチンコか。んじゃ行ってきます」
「おう、頑張れよ」
扉を開けると俺は軽快な足取りで進む。
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目の前にあるのは私立ハイレス高等魔道学園。表は私立の超エリート学園である。
貴族も入りたがる超超エリート学園だが、完全実力主義であり家柄関係なく受験が行われる。
一部裏では王国一の暗殺を育成する学園だ。
噂ではどっかの侯爵家の息子が聖金貨100枚を積んでも入れなかったらしい。俺の前世の途切れ途切れの知識じゃ大体1億円相当である。
ちなみに黒髪はこの辺りじゃ目立つので魔法で金髪に変えておいた。金髪なのに黒眼となんか変だが目の色は変えるのが難しいのでやめておく。
失敗したらそれこそ失明だ。
足の向きを変えて右側にあるのが俺が入るリュヴァス魔道高等学園。家族は知らない。
名前の由来でもある始祖龍、リュヴァスが入学早々門でお出迎えをしてくれる。
大きさは十寸の1000分の1らしい。多分らしいが……
「ハリィちゃーん!」
「ミーちゃーん!」
門の周りを見ると仲の良さそうに手を繋いで回っている男女の姿がある。
俺の家族は全員、私立ハイレス高等魔道学園に入ると思っている。そこらへんは頼れる人物に根を回しているので大丈夫だろう。
普通の青春世界つを夢見て門を潜る。
俺の二重生活の始まりである。