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地獄の遭遇

聖者がそんなやり取りをしている一方、シノレは大神殿教練場の一室で、今日も今日とて勉学に勤しんでいた。

教育係に答案を渡し、採点を待つ中で何気なく窓から外を見た時、それは起こった。


聖都における使徒家当主の役目は、会見や式典の参加、書類を捌く執務などであり、主に大神殿内に集約される。

それなので広い大神殿と言えど、こういうことも起こり得る。


シノレが勉強していた部屋の窓から見下ろせる、神殿内の回廊のど真ん中。

そこでレイグとリゼルドはばったりと遭遇した。

当然互いに、郎党を背後に従えてのことである。


「ああ、ウィリス。来ていたのか」

「……ああ~、うん、レイグ。まあ、良い天気だな。

そうだリゼルド、これから市街に食い倒れの旅に行こうか、欲しいものは何でも買って――」

「要らない。買い食いとか危ないし」

「……お前はいつまでその悪趣味な道楽を続けるのだ。

不用心だから止めろと言っているだろう」


付き添っていたウィリスの提案をリゼルドは視線も向けずに却下し、レイグも嫌そうに眉を寄せる。

その近くには、たまたま行き合わせてしまったらしきファラード家当主の姿も見えた。

ウィリスの介入でやや緩んだものの、麗らかな昼の回廊は明らかに一触即発の空間と化した。

見下ろしているだけのシノレですら肝が冷える。


(…………じ、地獄の遭遇……)


「これはリゼルド殿。本日も大変、お元気そうですね。

晴れて枢機卿とおなりあそばしたのですし、今後一層の戦果を願いたいものです」

「…………」


先に口火を切ったのはレイグだった。

リゼルドはそんな白々しい挨拶を半眼で受けていたが、続いた言葉にため息交じりに笑い返した。


「リゼルド殿の叙階により聖都も賑い、我々も胸を撫で下ろす思いです。

異教徒による先代猊下の殺害は嘆かわしく、許し難いことなれど、いつまでも服喪に沈むというわけにもいきません」

「それは何より、嬉しいよ。

最近は聖都の連中も盛り上がっているよねえ……

不思議なことに、僕はとんと話を聞かないんだけれど」

「ああそれは、不思議でございますね」


リゼルドは気のない声で応じる。

レイグもまた、にこりと笑い返す。

含むところなど何も無いというような、白く優しげな笑みだった。


「どうやら、色々お困りのようですね?

ご相談下されば、いつでもお聞きしますよ」

「それはどうも~覚えておくよ。

優しいんだねえ、こんな僕をわざわざ気にかけてくれるなんて想定外だったよ」


ぴりりと緊張が走る。

何を言い出すのか、ともすればこれで敵対が終わるのかと、誰もがリゼルドを注視する。

黒髪の少年はくすりと含み笑った。


「先代の時代には、色々あっただろう?

方針の対立で揉めることも多かったと聞いているし、その息子にあたる僕たちが協力し合うのは難しいんじゃないかと思っていたよ」


だが、その緊迫はさらりと流された。

露骨に的を外したその言葉に、揺らいだ空気が更に張り詰める。


「……そのようなことを引き摺るつもりはありませんよ。

先代のことは先代のこと。

使徒家同士手を取り合い、猊下をお支えしたいものです」


要は早く降伏しろということだろう。

物わかりの悪い者に言い聞かせるような、あくまでも優しい声だ。

それだけに、これ以上ないほどの蔑みが伝わってくる。


「我が家は貴族でございますから。

その務めと領分を果たすためには、多少のことは飲み込んで差し上げます。

それで例え、庭先が害獣に多少荒らされたとしても」

「貴族?そんな死語忘れちゃったなあ。

どういう意味だっけ……ラーデン、お前知ってる?」

「……当主様、それは……」

「……リゼルド。歓談は結構だが、時間が押しているのではないか?

急いだ方が良かろうよ」


声をかけられた側付きの男――確かあの廃墟でリゼルドと出会った時もいた男が、微妙に顔色を悪くしながら周囲を窺う。

そこでウィリスが見兼ねたように口を挟んだ。

そんな周りの気苦労もぶった切り、

「ああそう言えば、思い出した」と唇を歪める。

そして白々しいほど完璧な間で、爆弾を投げ込んだ。


「貴族というと、そうだ。

派閥争いでお仲間に裏切られて身包み剥がされて、惨めに追い立てられたのがいたんだっけ?

覚えが悪いものだから生憎それくらいしか知らなくって!!」


――離れた場所にいるシノレにも伝わるほど、空気が冷え込んだ。

殺気の吹き荒れる中で、リゼルドは勿論満面の笑みである。

だが周りは危険を察知し、気配を殺して動き出す。

蜘蛛の子を散らすような、とはこういうことだろう。

二家と関わりが薄いらしき教徒は、一目散にその場から遠ざかった。

そして、ファラードの少年当主は。

ここからでは良く見えないが、固めた石膏のような白く涼しい顔で成り行きを見守っているようだった。

この空気の中で逃げ出さないとは、見かけより大分肝が据わっている。


その時、教育係からの声がかけられる。


「採点が終わったぞ。おいどうした――シノレ?」


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