カドラス家の総意
「……楽団との抗争は、酷いものでした。
断っておきますが、争いそのものが酷かったのではありません。
私が何よりも危惧と不安を覚えたのは、リゼルド殿の振る舞いです。
あの方は我々と、聖都と、教徒の倫理と決して相容れない。
この聖都にあっては、排斥するのが正しいのです」
あの争いではカドラスの主要な兵力を丸々持っていかれた挙げ句、殿にされ囮にされと散々振り回されたが、まあそれは良いとしよう。
あれは教主を殺されての正当な報復であり、それに必要なことであったのだし、ヴェンリル自身がどこよりも犠牲を払っていたのだから。
しかし勝った後の敗者たちへの乱暴狼藉、それがそれはもう酷かった。
特にリゼルドのやりたい放題に付き合わされた傘下の騎士たち、その何人かは心的外傷を負い未だに療養生活を送っている有り様だ。
再起不能になった者すらいる。
戦場で振り回された挙げ句、身内に等しい配下をそんなことに使い潰されたのが、彼にとっての大きなしこりになっていた。
「……この私すら、今も時折夢に見ます。
楽団領と教団領を隔て、向こうの者共を封じ込める地境。
その向こうは正しく地獄でございます。
その地獄の者共と対峙する、ヴェンリルはそのための使徒家であるのです」
同じ人間とも思えない、悪徳と汚泥の坩堝。
生きていてはならない、人の形をした悪魔たち。
あれらを殲滅することが地上の、教主のためであると彼は思っている。
だがあの悪鬼どもとやり合うなど、考えただけで身が汚れる思いがする。
主君の命令とあらば否やはないが、誰が好き好んで肥溜めに腕を突っ込みたいものか。
黙り込んで聞いていた聖者が、やっとそれに口を挟んだ。
「ですがそれならば、カドラスにとっても、完全にヴェンリルが排斥されるのは困りものであるのでは?」
「……聖者様、猊下と同じことを仰るのですね」
それに何故か聖者は目を見開き、肩を震わせたようだった。
だがそれに構わず彼は続けた。
「武力を行使するのだとしても、教団の益と平穏のためにその力は振るわれるべきです。
敵は、まして兵たちは、リゼルド殿の楽しみのために存在するのではない。
彼にとっては、敵も味方も等しく、自分を楽しませるための木偶でしかないのです――一度ならず轡を並べた関係です、それくらいは分かります。
ですから私は彼を認めるわけにはいかない。
楽団から領を守ったとて、教団が内から腐っては元も子もないのです」
能力は申し分ない。それは認める。
だが武勇には忠義と礼節が、即ち心が伴わねばならない。
そうでない武力など獣の蛮行しか引き起こさない。
それがカドラスの信念である。
リゼルドの、教徒に相応しからぬ蛮行の数々は前から問題視されていた。
極めつけは叙階後の信じ難い無作法だ。
存在意義を同じくする武門、使徒家当主の中で最も近しい身でありながら何をしていたのだと、ルファルは罵倒されても仕方がなかった。
だと言うのにレイグたちが彼に向けたのは気遣いと労りであった。
なればこそ、責任を取るために動かなければならなかった。
「……リゼルド殿による聖都の汚染は防がれるべきです。
故に、レイグ様の対応は正しい。
聖者様にも是非、それに賛同なさって頂きたいのです。
……勇者殿の今後のためにも」
聖都が、ひいては教団が、楽団の悪徳に呑まれないために。
そのための線引、棲み分けは絶対に必要なのだ。
それが差別だと謗られるとしてもやむを得ないというのが彼の結論だった。
迷いはない。彼の優先順位は明瞭だ。
主君に従い、貴族を敬い、民を庇護する。
ただそれだけである。




