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茶会

「皆様、本日はよくぞお越し下さいました。

謹んで御礼を申します」


聖者と住む屋敷からやや北西に離れた位置。

広大な本邸の一室で、エルクは一同にそう告げた。


今回の茶会を主催するのは、エルクとその母メレナである。

元々聖者とシノレが間借りしているこの屋敷と周囲一帯は、エルクに与えられた区域なのだ。

やや規模は大き過ぎるものの、同居人と言えなくもない関係だった。


「僕ももう成人を間近に控える身、より一層教団のために研鑽していきたいと思っております。

つきましては、猊下のご意向により僕の……

その、縁談の相手を決めるため、令嬢の方々をこの屋敷にお招きすることが今後増えます。

必然この辺りも騒がしくなり、ご迷惑をおかけしてしまうこともあるでしょう。

まずはそれについて皆様のご理解とご了承を頂きたいと思い、ご招待しました」

「招待してくれて、とても嬉しいわ。

夫も宜しくと言っていました。

相談があればいつでも、何でも言って頂戴ね」

「ええ。エルク様も大変でしょうが、どうぞお体にだけはお気をつけ下さい」


ウルレアがまずそう言い、聖者も同意を示す。

それにエルクはほっとしたように笑った。


「良かったです。

……こうして皆様が来て下さり、温かいお言葉を頂くことができ、安堵しております。

くだくだしい話はここまでにしましょう。

今日はどうぞお楽しみ下さい」


そうして茶会が始まった。

内輪ということもあり、雰囲気は和やかなものだ。

その只中で只管気配を殺していたシノレに、声がかけられる。


「あの、お久しぶりです。

……お元気そうで良かった。

こちらが、母のメレナです」

「初めまして。本日はお招き頂きありがとうございます」

「ええ、初めまして。息子と親しくして下さったそうで……」


唯一顔見知りでない、屋敷の女夫人への挨拶も終える。

エルクの母メレナはやや暗い金髪に、息子と同じ鳶色の目をした女性だ。

顔はそこまで似ていない。

これだけ広大な屋敷の女主人とは思えないほど、慎ましい身なりをしていた。

地味な藍鼠色のドレスを纏い、結った髪に簪も挿さず、装飾と言えば銀の指輪だけだ。

「どうぞ、お茶とお菓子をお召し上がり下さい」


メレナにそう促され、テーブルの上を見つめる。

そこでやや困った。

シノレとしては、一目で原料と調理法の見当がつかないものは、どうにも美味しそうと思えない。

何で作ったか分からず、味の予測もつかないので何か仕込まれていても気付けなさそうだという警戒心が先に立つ。


迷った末手元に引き寄せたのは、無花果と梨の蜂蜜漬けを乗せた薄く繊細な器だった。


(……この一切れで、貧乏人の半年くらいは余裕で賄えるだろうな……)


シノレは甘味に馴染みがない。

美味い不味いというか、それを判断するだけの経験すらない。

とにかく、添えてあった細工物の楊枝で小さく切り取り、もぐもぐもぐと咀嚼していく。


(うん…………うん、えーっと、うん。高そうな味)


シノレがそうしている間にも、歓談は進んでいく。

中心にいるエルクの表情は固く、話しぶりもぎこちないが、主催として場を賑わわせようという努力は見て取れた。

初めて会った時の無口無表情の名残もない。

元々近しい内輪の集まりだ。

ウルレアの援護もあってすぐに場は温まった。


そうしている内に、良く分からない話題で女性陣が盛り上がる。

それを横目に置物の一つになろうと気配を薄めていたシノレに、エルクが話しかけてきた。


「…………その。僕はこれが好きなので、良ければ食べてみて下さい」

「ありがとうございます。……頂きます」


謎の白い菓子を勧める顔は、何やら酷く緊張したものだった。

取り敢えず礼を言い、掌に乗るほどの大きさのそれを楊枝で切る。

断面を見るに、木の実を練り込んだ餡を皮で包んだもののようだった。


「あの。敬語は、止めて下さい。

落ち着かないので」

「……敬語を使われるのは日常では?」


言わんとすることは何となく察するが、わざとそう返してみる。

シノレとしても、返答と対応に困っていた。

エレラフでのあれは一種の非常時故の異常事態ということで、流しては貰えないだろうか。

その方が互いに安全だと思うのだが。


「嫌です。君に礼を尽くされるのは」

「…………」


取り敢えず、口に放り込んだ菓子を咀嚼する。

強い甘味と素朴な味わいが広がっていった。


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