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エルクからの招待

結局スーラという娘が帰った後、今日はもう良いと解放されることになった。

外に出ると、いつの間にか日は暮れつつあった。もう周りが薄暗い。


聖都の発展は実際、大したものであると思う。

どこを通っても道は罅割れていないし、道端に死体もなく、行倒れもいない。

行き交う人間は誰もが清潔で顔色も良く、ゆったりとした余裕を感じさせる。

隙あらば誰かから身ぐるみ剥いでやろうという顔をした者もどこにもいない。

今にも倒壊しそうな廃墟も、立ち込める悪臭もごみも汚物もない。

見渡す限りどこも安定して、活気があり賑わっている。

……初めて目にした時は、別世界に来たと思ったものだ。


シルバエルだから特別と言うわけではないと、日の浅いシノレでも知っていた。

この聖都に来るまでに立ち寄った都市でも、人々の生活水準の高さは窺えた。

商団の下手な富裕層よりも良い身なりをした奴隷さえいたほどだ。

今日の聖都もその豊かさは変わりなく、何か目立った変事があるわけではない、だが――。


(ただ、何だろう……嫌な感じがする)


帰り道にも、幾つか妙なことがあった。

祭りに湧く晴れやかな空気の中で、あちこちに妙に暗い陰りがある。

主婦らしき女たちが居心地悪そうに過ぎ去って行ったり。

かと思えば若い男数人が、荒れた様子で管を巻いていたり。

それだけならばまだしも、周囲の人間もそれに関わりたくないという風に顔を背けるのだ。


「…………帰ろう」


産毛がざわつく。

言葉にはし難い、肌感覚のみで感じられる何かがある。


シノレは聖都を禄に知らない。

だが面倒事の気配とは、どこも似たようなものであるのだ。


山上の屋敷に戻ると、そこは打って変わってごった返していた。

忙しなく本邸の使用人が出入りし、様々なものを運び込んでいく、もしくは運び出していく。

織物や宝飾品や調度など、どれも豪華なものばかりだ。

そういうことに疎いシノレの目にも分かるほどで、空間が何やら妙に煌めいているように錯覚する。

今日は一段と数が多いようだ。


宴から連日こうだった。

聖都の住人から聖者への贈り物が後から後からやって来る。

文や招待状も同様だ。

聖者様にお目にかかれて感激しただの何だの、端で見ているシノレの目にも嫌と言うほど入ってきた。

教徒にとっては実際に聖者を見る、それだけでも大変な特権であり名誉なのだ。

贈り物を贈ることも同様であり、財力と敬虔さを同時に示せるため、聖都の富裕層は何かあれば先を争うようにして聖者に貢ぐ。

と言っても聖者は、贈り物は全てエルクを通してワーレン家に流してしまうのだが。

それを売るなりして得られた財は教団の福祉に充てられるので、実質的に喜捨に等しい。

贈る側も承知の上だ。


「シノレ、丁度良かった。少し手伝ってくれませんか」


部屋で礼状を書いていた聖者にそう切り出され、シノレも片付けを手伝うことにした。

礼状に使う紙や墨を補充したり、宛名を書いたり、運搬を手伝ったりして、一段落した頃にはもう夜が更けかけていた。

そこで聖者に「そう言えば」と、思い出したように切り出された。


「昼にエルク様とお会いしまして、ご招待を頂きました。

十日後にウルレア様を招き茶会を催すため、ご参加頂きたいと……

どうしますか、シノレ」


会うことを意識したその日の内に、これである。

何とも都合の良いその誘いに、シノレは色々観念したのだった。


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