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師匠の視点

聖者は実際、何ら楽しそうではなかった。

寧ろ無表情ながら、どこか苦行に臨むかのような気配すら醸し出していた。

挨拶回りの時の使徒家との空気を思い出せば、それも無理もないことだ。

見る限り、誰にでもただただ控えめに、当たり障りなく接していたと思う。

それなのにその存在は否応なく他者を揺さぶり惹きつける。

良くも悪くも、好意も悪意も、崇拝も狂信もだ。

聖者が他者と関わっているところを、あまり見たことがなかったので、昨夜は色々と発見が多かった。


聖者の立ち位置。向けられる思惑。勇者とかいう謎の立場。後見問題。

あまり、考えたくないことだったが。


「ひょっとして僕の立場って、わりとやばい?」

「わりとどころかこの聖都で一ニを争う域でやばいぞ」

「…………」


自分でも目が濁ったのが分かる。

それからは暫し互いに無言だった。

再び擂粉木を手に取りながら、無理矢理話と意識を逸らす。


「……そう言えば、着飾った子どもなんかもやたらいたけど、あれは何だったの?」

「は?何のことじゃ、詳しく聞かせてみい」


瞠目したナグナに見たことを語り聞かせると、「ああ」と腑に落ちたような顔をした。


「そういう社交の場は、令息令嬢を売り込むまたとない機会、結婚相手を探す場でもあるんじゃ。

正式な婚約を結べば基本その相手と連れ添って行動することになるが、それまでの、成人前の少年少女の出会いの場としてよく使われる。

ここで貴人に見初められれば、本来望めないような釣り合いの結婚も不可能ではなくなってくるからな。

所謂玉の輿というやつだ」

「……そっか。ワーレン司教のあの人気ぶりは、そういう……」

「ん?……ああエルク様か、それはそうだろうな。

妾腹と言えどもワーレン本家筋、しかも猊下の弟君じゃからな。

取り入りたい者は後を絶たなかろう。

……彼は元気そうにしていたか?

エレラフの件といい気苦労が多かろうな」


妙に染み染みした、案じるような口調に思わず手を止める。


「……知り合い?」

「昔、一時期座学を教えていた。

素直で呑み込みは良かったが、生まれと気質が噛み合わん哀れな子供に見えたな。

長ずれば苦労するだろうと」

「…………」


どう答えて良いか分からず黙り込む。


「まあそれはいい、他に何かあったか」と言われ、話を再開する。

色々雑用をこなしがてら話を進めて、リゼルドに絡まれたところに差し掛かった辺りで、ナグナは驚愕も露わに目を剥いた。


「リゼルド!?お前あの坊主に目をつけられよったのか!!」

「……知っているの?」

「知ってるも何も、奴も昔の教え子じゃ。

これでも大神殿所属の学者じゃからな。

あやつは、何と言うか……教え子たちの中で、水際立って出来が良いというわけではなかったが……しかし……」


そこまで言って、珍しく口籠った。

無言で待って催促すると、渋々というように後を続ける。


「もう何年も会っておらんし、無責任な確言はできん。

だがとにかく、あれは世間で言われているような、暴れるだけが能の狂犬ではない。

銃を振り回すだけの馬鹿だと舐めてかかると痛い目を見ると、儂は思う」

「……そう言えば、セヴレイル家と問題を起こしたって聞いたけれど。

それについてはどういうことなのか分かる?」

「それは、まあ……今語りだすと終わる前に日が暮れそうな因縁じゃ。

……丁度良い、エルク様に聞いてくるが良い。

引っ越しの挨拶もどうせまだなんじゃろ?」

「えー、うーん……」


それは、何やら気不味いような。

エレラフでの交流はあの状況でこそ生まれた特殊なものであって、今になって何かを話すのは気詰まりな気がしないでもない。

答えに迷っていると、表に気配が近づいてくる。

新たな客が来たようで、ナグナもそちらに顔を向ける。

シノレも釣られて目を向け、ついぎょっとして擂粉木を取り落としそうになった。

聖都では珍しくないとは言え、シノレの常識では有り得ない光景だったからだ。


「……ナグナさん、いる?」

「おおスーラか、どうした」


軽やかな足音とともに、戸口に現れたのはまだ幼さを感じさせる娘だった。

黒目がちの目が不安そうに中を覗き込む。


「母さんの具合が良くなくて……今入っても良いかしら」

「うむ」


そんなやり取りを経て、客が入ってくる。

続く人影はなく、一人きりのようだった。

こんな時、しみじみ聖都の治安の良さを思い知る。

若い娘の一人歩きなど楽団ではあり得ないことだ。

護身の術も持たない女子供が、連れもなくふらふら出歩きなどした日には、どんな死に方をさせられても文句は言えない。

比較的治安の良い場所だとしても、不用意な一人歩きは絶対に避けるべきである。

そんな現状とは縁遠い豆知識を反芻していると、相手の目がこちらに向いた。


「……誰?」

「ただの雑用じゃ。構わんで良い」


ナグナが目も向けずにそう言い、すぐに本題に入る。


「相談に乗るのは構わんが、お前の母親はアレルクのところに掛かっていなかったか?

なんでまた、わざわざここに」

「それなんだけれど、別の患者さんが急変したとかで、先生がそちらに手一杯になってしまったの。

せめて滋養のつくものを食べさせようにも、売って貰えなくて……」

「は?何と、どういうことじゃ」

「最近はお祝いで賑わっているけれど、そういう席にも呼んで貰えないし……

いえ、母さんが病身だしそれは良いのだけれど。

でも、お店でも後回しにされたり、品切れと言われたり、ここ数日はそんなことが続いているわ。

偶然か、気の所為だと良いのだけれど……」

「…………」


聞きながらナグナは難しい顔をした。

数秒沈黙した後、徐ろに話を再開する。


「とにかく、ここ数日の様子を聞かせてみろ。

処方箋もあるだけ見せろ。

シノレ、湯を沸かせ」

「はい」


シノレは咄嗟に頭を切り替え、その声に従うために動き出した。


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