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教練の時間

宴から早十日が経った。


何事もなく聖都の夜は明け、冷え込んだ朝が訪れた。

リゼルドの叙階を機に、シルバエルは俄に活気づいたようだった。

まるで一足早く春が来たかのように、聖都全体が祝賀の空気に浮き立っている。

次々と結婚式や祭りが催され、行き交う人々の表情も明るいものとなっていた。


今日は教育係に用事があるので、教練の時間はナグナの元で過ごすことになっていた。

座学を口頭で教えられながらも、ものを取ったり書き取りをしたり使い走りをしたり、今は擂粉木で薬草を磨り潰すのを手伝っている。

基本的には足が不自由なナグナに代わって走り回ったり、力仕事をするのがここでの役目だった。


場所は市街にある小屋だった。

ここでナグナは月に数日、診療所兼悩み相談のようなことをしているそうだ。

シノレが手伝いに来るのはこれで三度目である。


「当主たちに顔見せだけは済ませたけど、どう転ぶことやら……厄介そうな奴しかいなかったし……」

「まあそれは当然じゃな。素直で与し易いような奴に使徒家当主は務まらん」

「……はいはい、全ての教徒のお手本たるべき素晴らしい方々なんですよね」

「敬語はやめい。寒気がする」


シノレはナグナ相手には、人目がある時を除いて敬語を使わない。

出会ってすぐの頃「お前の敬語は蕁麻疹が出そうでかなわん」と言われた。

精一杯媚び諂っていた人の気も知らず酷い言い草である。


だが教団で過ごす上では、ある意味教育係以上に、かなり色々世話になった。

シノレにとっても多少なりとも素で接することができる相手であり、先日の脱走の手引と言うか助言をしてくれたのもこの老爺であった。


(戻ってきた時、何事もなかったように迎えられたのは驚いたけど。

本っ当に、何も反応が変わらないなー……)


ナグナもまた、この小屋にいる時はそれなりにざっくばらんだった。

表情も口調も大神殿にいる時よりかなり砕けている。


「まあ確かに、貴様の立場ではそういう場で何も出来なかろうな……

だが食事は旨かったじゃろ?ああいう場で供されるのはどれも相当なもんじゃぞ」

「味なんて覚えてないよ。そもそも禄に食べていないし……」


盛大なため息が漏れる。

仮に味わえたとしても、出る感想は恐らく「高そうな味」くらいだろう。

何と言うか、美味しく感じるよう整えられているのは分かるのだが、馴染がなさすぎて楽しむよりも困惑が先に来る慣れれば改善されるのだろうか。


「他に何か無かったのか、変わったこととか」

「……そうだなあ、やけに気色悪い女がいたね」

まだ話していない、印象が強かった事柄と言えば、やはり最後に絡んできたあの老女だ。

一連のことを話すと、ナグナは腐ったものでも食べたかのような顔をした。

「ああいうのって良くあることなの?」

「まあ、そういう輩もいるな。聖者様もお労しい、全く嘆かわしいことよ」


そう言いナグナは深々とため息をつく。


「……確かに気持ち悪かったけど。

それ抜きにすれば、まあ髪くらいは良いんじゃないかと思ったけど」

「馬鹿め。そんな物証があったら、後々どんな火種になるか知れたものではなかろうが。

聖者様に特別の恩寵を与えられたなどと吹聴されてみろ、下手すれば聖都の序列が乱れる」

「それはまた。聖者様っていうのも楽じゃないんだね、本当に」


そんなことを話しつつ、干した薬草を量りに乗せて計量し、使い終えた器具を消毒して片付ける。

ナグナはナグナで、シノレが渡したすり鉢に慣れた手つきで粉末を加えていく。


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