母の愛
そんな彼の耳元に、囁くような声が忍び寄る。
「……リゼルド。この晴れがましい日を、より素晴らしく締め括るべく、後顧の憂いを断ちましょう。
これを機に、あの庶子どもを処分しましょう。
生かしておいても危険なばかり、もう要らないでしょう?」
いっそ優しげなほどの声で、促された話題に苦笑する。
いつでもこうだ。どこで何を話していても、結局はここに収束する。
彼女の境遇を思えば、共感はできずとも一理あると言えなくもないのが何とも困る。
とは言えそれを聞き入れるつもりは更々無かった。
そしてこの家には、最早完全な当主であるリゼルドの意向を阻むものは何も無い。
「それについてはもう何度も話したと思うんだけど。
殺さないよ。そんな勿体無いことできるわけない。
だってあいつらは、僕のために生まれてきたんだから」
その答えに貴婦人は不安そうに肩を揺らす。
そうして再びリゼルドにかける声には、ただただ案じる色だけが浮かんでいた。
「そのような、どうしてそうも情け深いのですか。
それに値する者どもではないというのに。
母は心配なのです。
優しい貴方が心根卑しい庶子どもに良いように付け込まれ、利用され、終いには殺されてしまうのではないかと。
……良いですか、けして、あの者どもに気を許してはなりません」
暗く震える声で、そこまで一気に言い放ち、疲れたように肩を揺らす。
そんな彼女に対して、リゼルドはあくまで軽やかにくすくすと笑う。
「嫌だなあ、僕があいつらに遅れを取ると思うの?
貴女の生んだ嫡子であるこの僕が」
「下賤の者は、時として此方が考えもつかぬような手段に走るのです。
同じ人間、同じ価値観などと思ってはなりません。
なのに嗚呼、あの忌まわしい事件と言い、リゼルド、貴方は優しすぎるのだから……」
不意に声が揺れ、眼差しが暗く淀んだ。
色々と思い出してしまったらしい。
こうなるとこの人は中々落ち着かない。
暫くは一緒に暮らすのだし、これは放って置くと面倒そうだ。
普段なら放置しても良いのだが、これからともに暮らす以上は程々に機嫌を取っておくべきだろう。
「まあ落ち着いて。
実際僕はこうして生きて当主になったし、これからもそうさ。
信じて見守っていてよ」
「ええ、ええ。
私は貴方のために、そのためならばどのようなことでも……
嗚呼、嗚呼リゼルド……
私の宝、私のすべて。
何者からも、この母が守ってあげますからね」
声を震わせた貴婦人は縋るように、崩折れるように息子を抱き締める。
リゼルドはそれに微笑み、折れそうに細い母の体に腕を回した。
「うんうん。有難うね、母上」
遠いどこからか、獣の遠吠えにも似た音が吹き上がる。
その残響すら拒むかのように、屋敷の扉は音を立てて閉ざされた。




