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帰途にて

「ああごめんなさいセラちゃん、大丈夫だった?

実はあの方が、ご挨拶したいと仰っているのだけれど良いかしら?」


そうして戻ってきたウルレアに、また新たに何人かを紹介された。

それらをやり過ごしながら、疲労が溜まっていくのを感じていた。

本心を包み隠して笑う声で、見る見る空気が淀むようだ。

其々の思惑が渦巻き、交錯しながら場を満たす。

見ている内に、段々目が回りそうになってくる。


(……疲れた。耐性ないからなあ……)


シノレがここに来てしたことは、多少歩き回って数人に挨拶をしただけだ。

運動量で言えば故郷の日常とは比較にならない些細なもので、なのにどうしたことだろう。

大したことはしていないのに、ただそれだけで異常に体力が削られている。


そうこうする内、気づけばもう月が上りつつあった。

いよいよ足が重くなってきたところで、不意に手が冷たいものに包まれた。聖者が気遣うようにこちらを見つめている。


「……そろそろ帰りましょう、シノレ」


少し掠れた聖者の声によって、退出することになったのだった。



「お疲れ様でした、シノレ」

聖者のその言葉に、漸く肩の荷が下りた思いがした。

帰りの馬車に乗り込んだ後は、もう取り繕う必要もない。

暫しの間、宴で感じたことなどを意見交換し合う。

各家への印象にまで話が及んだところで、シノレはやや眉を寄せた。


「……それにしても結構刺々しいというか、居心地の悪い雰囲気なんだね」


聖者は神が遣わした奇跡、恩寵の徴。

それは先代教主が提唱したことであり、教団にとって聖者は一応そういう存在のはずだ。

それに応じて一定の尊重はされつつも、無条件に信奉されているというわけでは無さそうだった。

ここ半年、教徒たちが聖者へ向ける熱狂や崇拝を見てきたシノレからすると、結構な驚きだ。

てっきり教団領ならばどこへ行っても敬われるかと思いきや、最上層ではああいう扱いなのか。


「意外ですか」

「かなり」


そう答えると聖者は静かに、仄かに疲れたように笑った。


「……使徒家の皆様は教団の定礎を築き上げ、今尚支え続ける方々です。

あの方々に認められるのは、並大抵のことではありません。

一介の余所者が近づこうと思うなら、それこそ何世代と費やして献身する覚悟が要ります。

私は何も持たぬ身で、しかし先代猊下のご加護により表向きは認めて頂いておりますが……そこに真情を求めるのは酷というものでしょう。

私自身、深入りすることを避けてきたのですから尚更です」


それは分かる、気がする。

たった半年の期間と言えど聖都の中枢、教団の理念を煮詰めたような場所で過ごしてきたのだ。


使徒家は表向き、(教徒限定の)平等と博愛を謳いながらも、その実極めて縄張り意識が強く排他的な連中だ。

派閥の傘下ならばともかく、他所への値踏みの視線は尋常ではなく、そう易易と自分たちの懐に入れることはない。

新参者のシノレの目にも、まざまざと見せつけられてきたことだ。


(……でも、それにしては)


「ザーリアーはそれで納得できるとしても。

シュデースの方は、少しその範疇に留まらないものを感じたかな。

以前何かあったの?」

「セルギス様の場合は…………、ええ、少し違います。

あの御方は単に使徒家の自負とか、そうした話ではなく……聖者云々ではなく、私自身に疑いと敵愾心を抱いておいででしょう。

私はあの方々に、それだけのことをしましたから」


少し待ってみるが、それ以上語る気はないようだった。

諦めて話題を変える。


「所謂貴族筋たちの方が好意的だったのも意外。

特に新参者や半端者を嫌いそうな印象があったけれど」

「……あの方々のご好意については、私も少々戸惑うことがあります。

特に、レイグ様は……お話していて受ける印象と、私への心証が、どうにも噛み合わないというか……」


曖昧にぼかしているが、言いたいことは何となく分かる。

あれは恐らく血筋に絶対の重きを置く人種だ。

本来であれば出自の不確かな者など人間とすら認めない類だろう。

だが実際に聖者を見る目には確かな崇敬が見て取れたし、あの中で最も熱量を向けていたかもしれない。

シノレのことは、毛色の変わった野犬くらいにしか思っていなさそうだったが。


「……まあ好かれている分には良いんじゃない?」


不可解ではあるが、掘り下げると碌なことにならない気がして、適当にそう返す。

もう気力も限界だ、何も考えたくない。

この時はまだ、後々聖都すら巻き込んでの大騒動が起こるなどとは考えてもいなかった。


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