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老女

「ウルレア様、本当にありがとうございました。

後日、是非ともこの御礼をさせて下さい」

「良いのよ、セラちゃんは家族みたいなものだもの。

大したことはできないけれど、いつでも頼って頂戴」


そんなことを話しながら、二人は数歩先を歩いている。

聖者は流石に疲れたようで、その足取りは緩やかなものだ。


(それにしても、凄い注目されてるな……)


義務が無くなって解放された途端、改めてそれをまざまざと感じる。

聖者が歩めば誰しも振り返る。

驚きを浮かべ、陶酔に浸り、伏し拝むような目で後を追う。

後ろについていただけのシノレですら、いっそ重々しいほどの熱量が向けられているのを感じた。

これを聖者は常に感じているのかと思うと、何か空恐ろしいような、冷え冷えとした気分になってくる。


ウルレアは気づいているのかいないのか、にこにこと機嫌の良い笑みを崩さない。

その時着飾った夫人が一人、話しかけてきた。


「まあ、ウルレア様。お会いできて嬉しいですわ」

「あら……御機嫌よう。お久しぶりですわね」


話しかけてられたウルレアは、そちらへ歩み寄る。

相手とは旧知の仲のようだ。

その途端一層視線の圧が強まるのが分かった。


「――……」


聖者は白手袋で口元を覆い、やや離れた場で待機しようとする。

だがそれを放っておいて貰えるはずもなかった。


「これは聖者様。今宵もお美しい……」


いきなり、それも妙に熱っぽくそう言ってきた声にぎょっとする。

聖者も驚いたらしく、はっとしたように声の方へ向き直った。


声をかけてきたのは痩せ細った老女だった。

妙に生気のない佇まいにそぐわず、目だけが異様な光を浮かべている。

服装からしてあまり階級は高くないようだが、躊躇いもなく聖者に近づいた。


「聖者様にこれほど近くでお目にかかれるとは。

今宵ここに来た甲斐がありました、末代までの誉れです」

「……はい、御機嫌よう。良い夜ですね」


老女は戸惑った様子の聖者にどんどん詰め寄っていく。

この場で余計なことはするなと言われている。

助けを求められるまでは本人に任せるべきなのかと思い、一旦静観することにする。

だが、老女の様子には妙に不穏なものを感じた。

嫌と言うほど見てきた、酒だの薬だの何かに狂っているような、浮ついた熱のある目つきだ。

中毒者にも色々種類があるが、その中でも他者の話を聞かなさそうな空気がある。


(どう見てもこいつ、正気じゃないよな。

目、血走ってるし。

お上品な断り文句が通じるか……?)


食い入るような目つきの老女の様子にそんな危惧を覚え、そして案の定だった。


「卑賤の身を哀れと思し召し、どうか御手に触れさせては頂けませんか。

ああ勿論直接などという無礼は申しません。

手袋越しで構いませんので」


「それくらいであれば、構いませんが。……どうぞ」


聖者に触れ、老女は感極まったように涙を流す。

「おお」と、それしか口にできないようだった。

直後、傍目にも聖者の手を握りしめる手の力が、ぎりりと強まったのが分かった。


「……ああ、聖者様。

ここに来れなかった家族のために、その御髪を頂くことはできませんか。

私には病身の娘がいるのです」

「……ごめんなさい。それは、できません。

御息女の快癒のために、共に祈りましょう」

「いえ、それではない。

そうではないのです。

聖者様を間近で拝謁するのが我らの、教徒全ての願いなのです。

それが叶わぬ者たちに、せめてものお慈悲を施して下さいませんか」

「……困ります。それは……」


そうしている内に手を掴まれ、追い込むように詰め寄られる。

吹けば飛びそうな老婆の体格にそぐわぬほどの力が入っているようで、生白い手に血管が浮き出ているのが見えた。

流石に割って入ろうかと思ったところで、別の声が響いた。


「離れなさい。聖者様に対して不遜でしょう」

「……は?何ですか、貴方は」


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