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リゼルド

それはともかく、シュデースが終わればいよいよ難敵である。

やや離れた場所でリゼルドは側近に囲まれ、何やら話し込んでいるようだった。


そこにある程度まで近づいた途端、シノレの中の何かが切り替わり、警戒態勢に入ったのを感じた。

肌に伝わる気配は重く冷たく血腥い。

この場との共通点など一つもないはずの、凄惨な故郷を思わせるそれだ。

綺羅びやかな宴の中心部、間違いなくその一つであるはずなのに。

その一角は周囲よりも一段暗く、落ちる影も濃く感じた。

本日の主役にしては取り巻く人も少なく、異様な緊張が漂っている。


案の定、叙階終了直後の一件で周りに引かれているようだ。

一体何がこいつにそこまでさせるのだろう。

遠巻きにされ、微妙な感情を向けられているが、当の本人は機嫌が良さそうだった。


「リゼルド様、先日はお世話になりました。本日もご機嫌麗しく……」

「……ああ、来た来た。

それでいつ来るの?シノレ」


いきなりこれだ。聖者の言など聞いてもいない。


リゼルドは様々な老若男女に囲まれていたが、その内二人の顔に見覚えがあった。

どちらも先日の初対面で見た顔だ。

手前側は先程紅のドレスの少女を睨みつけていた男だ。

そして奥側にいるのは途中で離脱した、確か、ラーデンと呼ばれていた。

どちらも黒髪で、似通った端正な面差しをしていることが分かった。血縁者だろうか。


聖者は束の間固まるが、すぐに再び口を開いた。


「リゼルド様。ご機嫌よろしゅうございます。

本日はおめでとうございます。

叙階の儀が滞りなく終わりましたこと、お慶び申し上げます」

「……うん、ありがとう。

そう言って貰えて嬉しい。

良い夜だねえ、聖者様」


リゼルドはやっと挨拶を返し、笑って聖者を見つめていたが、やがて手中で弄んでいた杯を傾ける。

そのまま「飲む?」と花でも捧げるように差し出した。


「まだ口はつけていないから。

心配無いよ、この辺にあるものは全部こいつに毒見させたから……

あはは、なんて、寧ろ安心できないよねえ!」


矢鱈と楽しそうな声で、そう告げる。

視線を流した先にいる手前側の男は表情を隠すように顔を伏せていた。

それに聖者は顔を曇らせるが、直後杯を手に取った。


「…………そのようなことはありません。

有り難く頂戴します」

「あはは、嬉しい。

……そういうことだからさ、シノレ。

来てくれたらサダンの鐘楼で、一番最初に鐘打たせてあげるよ。

響き渡る勝鬨、きっと楽しいよ~!

三日三晩は休まず鳴らそうね、誰も眠らせない!」


サダンは大きな鐘楼があることで有名な場所である。

というか楽団は、それなりの規模の都市になれば中央部に鐘楼があるのが普通で、平時は時間を知らせるなどの用途で使われる。

サダンのそれは本気で鳴らせば街の外にまで響き渡るらしい。

中央に佇み、住人に時を知らせるそれが三日も途切れず鳴らされるとは、つまりそういうことだ。


(なんか、目に浮かぶ……)


三日三晩響き渡り続ける鐘。

その下ではさぞ陰惨な惨劇が繰り広げられることだろう。

略奪に惨殺の嵐が吹き荒れるその渦中でリゼルドは笑っていることだろう。

それがエレラフの時の指揮者たち――ワーレン、カドラス、セヴレイルとの違いであり、騎士団の者と楽団の者の違いなのだろう。

どちらが優れているなどとは、一概に言いにくいが。


語るリゼルドはわくわくと、如何にも楽しそうな様子である。

楽しい予定に胸を弾ませる子供そのものだ。

対して聖者は今にも倒れそうな顔色だった。

「……リゼルド様、そのことですが。

シノレを私の傍から離すわけにはいかないのです。

どうか、お分かり頂けませんか」


決死と言った様子の訴えに、しかし心動く様子もなく含み笑う。

「離せない、ねえ」と呟くその声が不穏に響く。

炎を思わせる、底光りする青い目が聖者を映し出して一層輝きを孕んだ。


「ねえ聖者様、勇者って何なの?

聖者様から離すと、どんな実害があるの?

離したくないって言うならまずそこを説明してくれなきゃ。

まさか大事なお気に入りを取られたくないってことじゃないよねえ、子供じゃあるまいし」


リゼルドが半歩踏み出し距離を詰めると、後ずさりはしなかったものの、動揺したように聖者の佇まいが乱れた。

笑みに歪んだ目に、甚振るような光が浮かぶ。


「聖者様にとっては、教徒は丸め込みやすい奴だらけで楽だろうねえ。

輝ける聖者様が言ってるから、何か意味があるんだろうなんてさ~。

でも僕は、何となくで流されるのは好きじゃないんだ」

「リゼルド、様。それは、ご尤もですが……」


流石に見ていられず、後ろから聖者の腕を引いて前に出た。


「……あまりに有り難いお話を頂き、目も眩む思いでして、今は答えを出すことができません。

使徒家のことが、まだまだ僕には分かりませんし。

これからお教え頂ければと思います」

「あは、シノレ。自分の価値を分かっているんだね、流石楽団育ち。

色んな意味で安売りは命取りだからねえ。

…………奴隷の小僧が偉くなったじゃないか」

「……まあまあリゼルド君、今はそのくらいで。

シノレ君にも予定があるのだし……。

久しぶりね、わたくしのことは覚えているかしら?」

「…………あはは!ウルレア様、勿論覚えてるって!!

前に会ったのは六年前だっけ?」

「ええ、そうね。

とっても大きくなって、活躍の報せをいつも嬉しく聞いていたわ。

シルバエルにいる間にまた、リシカちゃんと一緒に家にも来て頂戴ね」


「ふふ、伝えておく。

……まあ、ウルレア様がそう仰るなら仕方ないなあ。

でもね、シノレ。よぉく考えてね、――このことは、きっとお前の今後全てを左右することだから」


それだけ言い、リゼルドは引き下がった。

それまでの弾むような明るさが失われ、抑揚も失く。

最後だけ一気に低まったその声が、妙に不気味に響いたのだった。


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