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シュデース家の敵意

「……そろそろ参りましょう。ウルレア様、あと少しだけお付き合い頂けますか」

「ええ、勿論よ」

やがて楽の調べも切り替わり、丁度良いので休憩も切り上げることになった。

窓の方を見やればいつの間にかすっかり日が落ち、代わりに照明が増えている。

絢爛とした灯が揺らめく中いよいよ宴は佳境に入り、人々のさざめきは絶え間なく賑わう一方だ。


向かう先は先程見やった一団、シュデース家の派閥一帯だった。

流石に賑わってはいるが、ウルレアと聖者が進んでいけば誰しも驚いたように道を開ける。

その後ろをこそこそ歩いている内に目的地に到達した。

すらりと背の高い人影は、入口近くに設けられた窓を眺めているようだ。

気配には気づいているだろうに、一向に視線を動かそうとしない。

聖者が声をかけて初めて、その顔がこちらを向いた。


「セルギス様、お久しぶりです。

ご壮健のようで、何よりでございます」

「ええ、聖者様もお変わりないようで。

……今宵は良い夜になりそうですね」


そう儀礼的に微笑み返す顔には、見覚えがあった。

実のところ、シノレはこのシュデース家当主を以前遠目にだが見たことがある。

何しろ奴隷時代の買い取り先の頭領だ。

こちらが一方的に知っているだけだが、それでも八家当主たちの中では関わりが深い方だと、そう言えなくもない。


見た感じ、三十半ばほどの男だ。

やや癖のある灰色の髪に鮮やかな碧眼。

端正な、しかし青褪めて見えるほど白い顔。

それは特に似ているわけではないのに、どことなく教主を想起させるものがあった。


顔立ちで言えば、最も教主と似ているのはリゼルドだろう。

だが佇まいというのか、全体的な雰囲気で言えば、今日顔を合わせた中でこの男が一番近いと思う。

体格が似通っていることや、極自然にこちらに緊張を強いるような静謐さがそう思わせるのかも知れない。


型通りに挨拶を終え、雑談を交わし、シノレの紹介に入る。

果たして向けられたのは、温度のない乾いた目だった。


「本当に突飛なことを、なさいますね」、それが最初の言葉だった。


「聖者様は長らく不可侵であられた。

それ故に御身の挙動による影響は最小限に抑えられ、教団は静穏でいられた。

それなのにまさか、ここに至って、よりにもよって我が家が買い上げた奴隷の中から従者を見出されようとは。

この半年間、他の家の方々に散々詮索されましたよ、一体どういうことなのかと。

そう言われても何も心当たりなどないというのに、困りました」

「……ご迷惑をおかけしましたこと、お詫び致します。

今後もその、皆様にご迷惑の及ばぬよう心掛けますので……」

「書状でもその旨は頂きましたが、先日も無理を通したそうではないですか。

ここのところ、我が家はその件で持ち切りですよ」


暗に、シノレの引っ越しの件を言っているのは明白だった。

漣も立たない涼しげな声だが、見えない棘が含まれているように思われた。

それは先程のグレーデの「胡散臭い小娘」という隔意を隠そうともしない目を思い起こさせた。


ザーリア―はまだ分かる。

代々ワーレンの側近としての役目を受け持つ家が、降って湧いたように突如主君に接近してきた存在を歓迎するわけがない。

寧ろそうした存在を、主君の分まで警戒しておくことも役割の一つだろう。

だが、シュデースのこれはまた違う意味合いの不審――いやそれどころか、遥かに根深い敵意のような……。


考えは、穏やかに割り行ったウルレアの声で中断された。


「……わたくしは実家に戻ってきたら、素敵な住人が増えていてとても嬉しいわ。

これから色々お招きして、親しくお付き合いしていきたいと、そう思っているのよ」

「そうでございますか、ウルレア様。これは失礼を」


主家の貴人が口を挟むなり、セルギスは即座に矛を収めた。

ウルレアに慇懃に一礼し、再び聖者を見つめる。

白々しく言葉を連ねる声は、これまでに増して平坦で乾ききっていた。


「何はともあれ。知らぬこととは言え聖者様のお役に立てたとは末代までの栄誉です。

聖者様におかれましては人知の及ばぬお考えがおありなのでしょう。

私如きが口出しすべきことでもありませんね」

「…………寛大なるお心遣い、感謝致します」


その時、派閥の一員らしき教徒が足早に歩み寄ってきた。

セルギスに近づいた彼は何事か言伝したようで、一拍置いて頷き返す。


「失礼、急用のようですのでこれで」

「……はい、失礼致します。お時間を頂きありがとうございました、セルギス様」

「…………」


(これは、ただの印象だけど……)


一緒になって頭を下げながら、ちらりと隣を見やる。

シュデースは聖者に好意的でない家柄だが、当主自身は更に過激なのではないだろうか。

横目に見る限りでは、当たり障りなく済んだことに、聖者は少し安堵しているようだった。


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