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使徒家

休憩して一息入れる間にも、広間では数多の種類の色と声が飛び交っていた。

それらから少し距離を置き、俯瞰して見つめてみる。

行き交う人々の年も服装も様々だ。

その中でも目を引くのは、着飾って笑み交わす少女たちの姿だった。

花々を飛び交う蝶のように行き交い、それぞれの相手と言葉を交わす。

ある程度までならそれも華やぎだろうが、それは何だか妙に多かった。

目がちかちかするし、香やら声やら混ざり合って少しうんざりしてくるほどだ。


ここから見て取れる限りでも、甲高い声を出して交遊に精を出す様子があちこちで見られる。

特に見知った銀髪の少年――エルクは長蛇の列とでも言うべき謎の盛況ぶりであった。

入れ代わり立ち代わり、次々と令嬢を連れた親が訪れている。

見た感じ本人は極力当たり障りなく、淡々とやり過ごしているようだった。

その近くには何故か、常に教主に仕えている大男の姿も見える。


「あの子も頑張っているわねえ。私も見習わないと」


隣のウルレアが嬉しそうに、誇らしそうにそう口にした。

そしてシノレの方を見る。


「そうだわ。シノレ君は、使徒家についてどれだけ知っているかしら?」

「触りくらいは一通り……

ですが、まだ然程詳しくはありません」

「なら、休憩ついでに復習してしまいましょう」


ウルレアは笑顔でそう提案する。

聖者も異論はないようで、こうして急遽学びと復習が始まった。


ウルレアは干した杯を給仕に預け、それとなく広間のあちこちを指し示しながら語りだした。


「まずは、わたくしの生家でもあるワーレンね。

ご存知教祖ワーレンの末裔であり、教主を輩出する家柄なの。

始祖は騎士団の羊飼いワーレン、彼によって教団が創立されたわ。

主な役割としては他の使徒家を統括し、教団領の事々が円滑に回るよう調整することね。


そしてザーリア―。

所謂隻眼の使徒だけど、彼だけは出自も略歴も判明していないの。

ワーレンが騎士団から放逐されて、再び人々の前に現れた時にはもう付き従っていたそうよ。

役割はワーレンの補佐、特に近習として傍に侍ることね。

その性質上あまり目立つ場所には出てこないけれど、私たちは特にお世話になっているわね」


「……ええ。座所のことは、ザーリア―の皆様のご尽力なしには成り立ちません。

……それにあの方々は、他の使徒家が何らかの要因で機能不全になった場合の控でもあります」

「ああ、そうね。それこそ七十年前のシュデース家の時とか……

ここまでは大丈夫かしら?」

「はい、どうぞ続きをお聞かせ下さい」


確かに、それらは座学で聞いた覚えがあることだった。

置いていかれないように記憶を掘り起こしつつ、耳を傾ける。


「そして、カドラス、セヴレイル、ベルンフォード。

この三家は元は騎士団の名家。

特にセヴレイルは大公家にも連なる本物の貴族筋よ。

ベルンフォードはそのセヴレイルと縁続きの貴族だし、カドラスも歴史ある士族だわ」

「……カドラスは近衛や騎士団相手の武力行使、セヴレイルは他勢力や他地方との折衝、ベルンフォードは立法――教えの研究を始めとする学問各分野と教育、更に文化の庇護をそれぞれ担っています」

「承知しています。

彼らが主にこの聖都を作り上げ、管理していると教わりました。

だからシルバエルは全体的に、騎士団の気風が強いと……」


ウルレアと聖者の言葉に、同意を込めて相槌を打つ。

こうした宴席の格式も、騎士団のそれを踏襲したものだ。

騎士団から追放された者により成立した教団だが、その基盤や人々の有り様については、騎士団の感覚を受け継いだ点もある。

シルバエル自体、元を辿れば教団がおよそ百年を費やして騎士団から奪った都だ。

聖都が、引いては教団が騎士団の影響を受けるのもある意味自然なことだった。


とは言え、交わらない部分もある。

騎士団は単一の宗教を掲げているわけではないが、伝統的な多神教たるマディス教が主流である。

神を唯一絶対の一柱と定めるワーレンの教えは、そこでは異端と言って良かった。

けれど教団のその教えに救いを見出し、帰依する者が多く、それを危惧した大公によってワーレンが追放され、色々あって今に至る。そう教わった。

生活様式や価値観には通ずるところもあるのだが、それでも決定的な部分で相容れないのが教団と騎士団と言えた。


「そうなの。あの三家は代々仲が良くて、あんな風に近くに固まっていることが多いわ。

それに対し、シュデース、ヴェンリル、ファラードは他の使徒家と一緒になって固まるということはあまりないのよ。

ほら、あちらの方を見てみて」


示された方を見ると、確かに固まってはいない。

専ら付かず離れず、自らの派閥に属する者たちで周りを固めているようだった。


「あの三家はいずれも、ワーレンへ降った都市の長が始祖。

ヴェンリルは楽団、シュデースとファラードは元は医師団の出身だったわ。

……役割的にはどうなっているか分かる?」


「……シュデースは土地の開拓・開墾や物流網の整備、主に経済関連を担当すると聞きました。

ヴェンリルは楽団相手の武力行使や罪人・捕虜の管理、ファラードは治安維持と、情報収集及びその操作を行うと……」

「完璧よ。良くできたわね!!」


答えるとウルレアは、何故かやたらと嬉しそうに笑い、頭を撫でてきた。

害意は無さそうなのでされるがままにしていると、どこかで一際華やかな笑い声が上がった。

辺りの空気を切り裂くように響く、殆ど無作法一歩手前の声だ。

何となく聞き覚えがある気がして、声のした方を見る。


(あれは……)


それは、先程見かけた紅の少女だった。

甲高い笑い声を響かせ、取り巻きの一人にしなだれかかるように身を寄せている。

相手もまた満更でもない様子でやに下がっている。

場の雰囲気に似つかわしくないその様子に瞠目していると、どこからか冷ややかな声が聞こえてきた。


「……あまりにも慎みのないこと。

使徒家の御令嬢とも思われませんわ」


見れば周囲の人間、特に年配者ほど冷ややかに黙視、或いは眉を顰めていた。


「誰に似たものやら……ああこれは、言わぬが花でしょうね」

「必死なのでしょう、哀れなことです」


くすくすと嘲りの滲む笑いが響く。

そんな空気に、ウルレアがやや顔を曇らせる。

聖者は静かに杯に目を落とし、反応を示さない。


その時、一際強い視線を感じた。

少し離れた場所から、一人の青年がいかにも嫌そうにこちらを睨んでいる。

装いは使徒家のそれだがそこまで高位ではない。

そこまで観察し、そして気付いた。


(……いや、違う。こっちを見ているんじゃない)


その視線はシノレを通り越し、更に奥へ向かっていた。

シノレたちではなく、あの紅の少女を睨んでいるのだ。

何となく嫌な感じがして顔を背け、目が合わないようにした。



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