つかの間の休憩
「……ありがとうございました、ウルレア様、フラベル様」
人波から少し離れ、聖者がもう何度目かも分からない謝辞を口にする。
シノレもそれに倣ってわりと本気で感謝を述べた。
結局真面目な話はあそこまでで、以降ウィリスはひたすら毒にも薬にもならないような雑談に終止した。
何でも趣味は買い食いだそうで、しょっちゅう市街に顔を出しているらしい。
どの店の何が美味いとか材料に拘っているとか、妙に詳細に聞かされた。
使徒家の嫡男がそれで良いのか。
話題は止めどなく溢れて、いつまでも洪水のように続きそうであった。
方向性は違えど、彼もレイグと同じく話が得意で好きのようで、放って置くと無限に喋っていられそうな様子である。
何とか貴族派界隈から離脱できたのはそれから暫くしてのことで、それも何とか駆けつけてきたフラベルとウルレアの仲立ちがなくては更に長引いたことだろう。
「いいえ、寧ろごめんなさい。
まんまと足止めされてしまって、レイグ様から助けてあげられなかったし……
お二人共、良く頑張ったわね。
悪い方ではないのだけれど、貴族としての意識がとても強いのよ」
「……そうなのですか」
「ええ、そうなの。
多分、彼なりに良かれと思っているのだと思うけれど……いえ、今は良いわ。
お疲れ様」
ウルレアはそう言い、近くを通った給仕を呼び止めた。
「そろそろ喉が渇いたでしょう?
少し休みましょう」
呼び寄せた給仕は、幾つかの杯を乗せた盆を掲げ持っていた。
そこから思い思いに受け取る。
唯一フラベルは妻に杯を押し付けられ、中身を覗き込んで切なげな顔をした。
「なあ、私は酒が飲みたいんだが……」
「駄目です、お酒の呑み過ぎは体に良くありませんわ」
そんなやり取りはともかくとして、一度休憩することになった。
手の中の杯を見つめる。中身は葡萄の汁のようで、濃い色の液体から甘い香りが立ち上る。
慎重に匂いを嗅いで口をつけたところ、ぶわりと甘さが広がった。
一息ついていると、見慣れない男が近寄ってきた。
地味な身なりをした初老の男は、真っ直ぐにフラベルに近付いて一礼する。
「旦那様、少し宜しいでしょうか。あちらで……」
耳打ちを受けたフラベルは、眉を寄せた。
「……どうやら呼ばれているようだ、少し行ってくる。
……ウルレア、後を頼んで良いか?」
「ええあなた、分かったわ。行ってきて頂戴」
「すまんな」
干した杯を給仕に返し、足早にその場を離れる。
後にはウルレアと聖者とシノレの三人が残った。
ぼんやりと、手の中で揺らめく液体を見つめる。
良く分からない世界での、自身の披露目に挨拶回り。
残りは、後三家である。




