ベルンフォード家の当主親子
そのまま別の相手と歓談を始めたのを見届けて、聖者はベルンフォードに向き直り、近寄るために進み出る。
「ウィザール様、ウィリス様、御機嫌よう。
お会いできて嬉しゅうございます」
「こちらこそ、聖者様にお目にかかれて望外の幸福でございます」
「相変わらずお美しい。目の保養とはこのことです」
聖者と親子が笑みを交わす顔を、不躾にならない程度に見つめる。
近くで見たのは初めてだが、ウィザールと呼ばれた壮年がベルンフォード家当主、ウィリスと呼ばれた青年がその跡継ぎであるはずだ。
恐らく生まれてから、何か物に困ったことなど一度として無いのだろう。
身なりばかりではなくその声音から所作から何から、体全体から醸し出す空気が他とは違う。
そういった世界に馴染みのないシノレにも、成る程貴種とはこういうものであろうと思わせるほど、その姿は一片の粗雑さもない。
いっそ傲慢なほどに満ち足りた優雅さだ。
(何と言うか……こう言うと身も蓋もないんだろうけれど、毛並みが良いってこういうことだろうな。
それもそこらの奴には絶対に出せないだろうほどに、良い)
こんな奴が故郷を歩いていたら、誘蛾灯のように賊を引き付けることだろう。
それこそ襤褸を着ていたとしても、豊かさの気配はそう簡単には隠せないものだ。
「……そしてこちらが、私の見出したシノレです。
どうかお見知り置きをお願い致します」
「ああ、それはそれは。
わざわざご丁寧に有り難い。
噂に聞く勇者殿との出会いを我々も楽しみに、して……」
しかし言葉は急速に窄む。
期待に満ちた視線は次第に戸惑うものに変わり、
「……え、これが?」みたいな感情をひしひしと感じる。
だがそれはすぐににこにこと、人好きのする表情に取って代わられた。
あまり顔立ちが似ていない親子だが、一連の変化を見ていると血の繋がりははっきりと伝わってきた。
「ウィザール様、どうでしょう。
どうにかシノレを、この先お引き立て頂くことはできませんか」
「ああいや、それはまあ、……そうですな……」
殆ど縋るような聖者を前に、ウィザールが困ったように言葉を濁す。
それだけでセヴレイルに憚っているのが分かった。
そのままウィザールと聖者が話し込んだので、必然的にシノレはウィリスと向き合うことになった。
相手は興味津々といった目を向けてくる。
「……シノレ。話すのは初めてだなあ。
予てから噂は聞いていたが……お前、聖者様とは前々からの知り合いか何かなのか?
何か繋がりがあるのなら、誰にも言わぬからこっそり教えてくれんか?」
いきなりの問いかけに、またこの質問かとうんざりする。
もう何回聞かれたか分からない。
返す答えも常に同じだ。
「僕と聖者様は奴隷として買われた時が初対面です。
聖者様の御心の内は僕も分からないので、何もお答えできることはありません」
寧ろ、選ばれた理由などシノレ自身が一番知りたい。
そんなシノレの答えに、相手は神妙に頷く。
てっきり役立たずと睨まれるか悪態をつかれるかと思ったので、これは少し意外だった。
「そうか……やはり聖者様には、人ならざる何かの感覚がおありなのだろうなあ。
お前に分からずとも、きっと意味はあろう。
それを望むかどうかは別としてな……
しかし、お前も披露目早々辛い立場よなあ。
レイグとリゼルドの板挟みとは、私ですら遠慮したいぞ。
……実際のところ、今どういう気持ちなのだ?」
「正直、困惑するしかありません。
僕如きの後見如何で、何がどうなるものでもないでしょうに」
「旧文明時代の貴族間では、天候や賽の目、果てには飼っている犬猫の相性で火花を散らし、権勢を争ったことがあったと言うぞ?
まあそれは極端な例ではあるが……
こんなことはなあ、結局一旦でも白黒つけばそれで良いのだ」
「…………」
だったら実際に、天気か賽子か動物で決めてくれないだろうか。
自分が犬猫同然に見られていることは、もう流すことにする。
そんなシノレを見て、ウィリスはふと微笑んだ。
それまでと違う怜悧な表情であり、そうするとやはり恐ろしくレイグと似通っていた。
「……聖者様は他と交わらぬ。
誰も拒まない代わりに、誰にも添わない。
……それを、初めて打ち破ったのがお前なのだ。
足がかりにせんと、色めき立つ者もいよう。
この教団で聖者様の存在は、けして軽々しいものではない」
そこまで言い、まあお前にとっては災難かも知れないがなと続け、更に声を低めた。
それは周囲のさざめきの中、確かにシノレの耳に届いた。
「お前の選択が聖者様の、ひいてはそれを遣わした神の勅と受け止められる。そういうことも有り得る。
墓穴を掘りたくなければ、精々慎重に振る舞うことだ」
そんなことを言われてもどうすればいいのかと思った。




