ザーリアー家の当主
「これはウルレア様に、フラベル様も。お久しゅうございます」
出向いた先のザーリア―家当主は、ウルレアとフラベルに慇懃な礼で応じた。
傍にいる聖者はまるでいないもののように黙殺されている。
このままだと一切聖者に触れないまま、話題が流れていきそうだと思ったところで、ウルレアが無理矢理軌道を修正した。
「グレーデ殿も、お変わりないようで嬉しいわ。
見て、セ……聖者様も、いらして下さったのよ」
ぱっと体の向きを変え、聖者の方を示した。
そこまでされればザーリア―としても視線を向けないわけにはいかない。
そこでようやく聖者が口火を切る。
「グレーデ様、ご機嫌よろしゅうございます」
「……これは聖者様。御自らお出まし頂けるとは恐縮です」
今初めて気がついたというように、淡々と応じた。
ザーリア―当主グレーデは、先程遠目にも見た黒髪の男だった。
鈍く光る灰色の目に、血色の悪い肌も相まってその顔には殆ど色味がない。
その造作は美しさとはまた違っており、整ってはいるが妙に無機質な容貌だった。
そのつもりで見れば、教育係にもどことなく似ている。
ただあちらより格段に気難しそうだった。
(確かのこの人も、父と叔父が五年前に先代教主の巻き添えを食って死んでいるんだよな……ってことは使徒八家の内半分が一気に世代交代したわけで……
そう考えると、物凄い騒ぎだっただろうなそれは……)
もう三十を越えているはずだが、こうして近くで見ると大分若く見えた。
まあシノレから見れば、教団の上流層は大抵見た目が若いのだが。
良いものを食べ、良い生活をしているという証左だろう。
故郷では、死なずとも人は誰もが早々に老け込んでいたのを思い出す。
「本日は、シノレのご紹介をしたいと思いお邪魔しました」
「ああ、そのことですか。
……あれから、半年も経つのですね。
あの時は教団に縁もない奴隷などお拾いになって、何事かと思いましたが」
ひやりとした言葉に、聖者は気付かぬ振りで返す。
「シノレの教育に関しては、ザーリアー家の方に非常にお世話になりまして、有り難く存じております」
「構いません。
私にはこの程度のことでしか御力になれませんが、聖者様には我ら凡俗には思い及ばぬ理がおありなのでしょう」
言葉だけは慇懃だが、その声音は見事なほどに冷え切っていた。
冷たく、それでいて湿度のある……雨を吸った石畳を思わせる。シノレに注がれた視線もまた冷えていた。
(まあ、無理もない。この前のこと、絶対伝わってるだろうからなあ……)
元よりシノレの教育係にザーリア―家の者が充てがわれたのも、監視としての意味合いが大きかった。
そのせいで会ったばかりの頃はねちねちと因縁ばかりつけられたものだ。
半年かけて多少打ち解けたと思えばこの前のことで逆戻り、というか更に悪化した。
だが、それは自分が起こした行動の結果として受け入れるしかあるまい。
それでなくてもシノレは元奴隷なのだ、用心し過ぎるということはなかろう。
自分が、そして聖者がどれだけこの教団にとって異分子なのか、シノレ自身が一番良く分かっている。
とは言え、ここで自分が黙り込んでいても不味いだろう。
気は進まないながらもどうにか無難な言葉を捻り出す。
「……ジレス様には大変お世話になっております。
教徒となって間もない僕にザーリア―の御厚意は誠に有り難く、勿体無く存じております」
「猊下のお言葉ですからな」
そう素っ気なく切り返し、興味を失ったように目を切る。
そのまま聖者に向き直り、最後にはやはり釘を差してきた。
「聖者様。御身は猊下の認めた神の奇跡であり、私如き者が疑う余地はございません。
ですが地には地の、人間には人間の理がございます。
……徒に聖都を乱すような行いは、謹んで頂きたい」
「……何もかも、仰る通りです。
ご忠告ありがとうございます、グレーデ様」
聖者はそう、深々と頭を下げた。




