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救いの手

艷やかな象牙の色を基調とした、凄まじく広い大広間であった。

床には色硝子を嵌め込んだモザイクが描かれ、壁際では複雑な装飾が彫り込まれた幾つもの柱が天井に向かって伸びている。

職人の技術が駆使されたそこは、豪奢ながらも滲み出るような荘重さを湛え、全体としては奥に向かって緩やかに閉じていく釣鐘型をしていた。

窓はなく、装飾的な燭台が至る所に飾られ、辺りに光を投げかけている。


(異界だなあ……この空気、何とも慣れない)


先程までは使徒家の中でも中心的な面々ばかりであったが、こちらはそうでない者でも出席することを許されている。

更に、男はそのままの形の者が多いが、女は多くが衣装替えをし、思い思いに着飾っている。

白ばかりの空間に色とりどりの衣装が花開き、一気に華やいだようだった。

様々な食事も用意されており、笑いさざめく人々の間を、お仕着せ姿の給仕や使用人が忙しなく行き来していた。


教団に引き取られてからというもの勉強続きで、シノレはこうした場に出席するのは初めてだった。

聖者の後ろ姿を見失わないように着いていく。

因みに聖者は着替えておらず、いつも通りの法衣のままだ。

聖者は焦ったような足取りで、真っ直ぐに向かっているようだった。

傍らにはいつもの大男の姿はなく、真っ先に見参した使徒家当主たちの挨拶を教主は鷹揚に受けていた教主は、静かな顔で聖者を迎え入れた。


「これは、聖者様。楽しんでおられますか」

「……猊下。先程の、リゼルド様のお申し出についてですが。

まさかお許しにはなりませんよね」


挨拶もそこそこに問い質す聖者の顔は強張り、切羽詰まった表情をしていた。

そんな聖者を、教主は探るように見つめ返す。


「今の時点では何とも。

経過次第、ということになるでしょうか。

リゼルドはあれで結構、気分による波が大きいですから。

場合によってはそれも考えることになるでしょう」

「……猊下、どうか。

私にはシノレが必要です。

そして、それでも、またシノレが戦場に行くようなことがあれば、その時は私も戦場に赴きます」

「……それが何になると?」


僅かに、教主の声が冷えた。


「聖者様が戦場に出たところで、戦力的に何の足しにもならないでしょう。

シノレを迎えてからというもの、聖者様は、随分と積極的ですね。

……そうまでして、シノレと離れたくない理由でもおありなのですか?」


聖者の背後に立ち尽くしたシノレは、訳も分からずその会話を聞いていた。

突如発生した異様な空気に言葉を挟めない。

あまり意識したことが無かったが、そもそもこの二人はどういう関係なのだろう。

少なくとも親密ではなさそうだが、それだけでなく他者の口出しを拒むような、張り詰めた何かを感じる。


冷たく、張り詰めた空気を断ち切ったのは、新たな人物の登場だった。


「ああ、遅れてしまいましたわ。

あら皆様、ご機嫌よう!」


華やいだ声に振り向く。

そこにいたのは、山道で出会った夫婦だった。

確か儀式にも参列していたはずだが、その時とは衣装が変わっている。

緑を基調としたドレスで着飾ったウルレアの顔を見て、教主は思わずと言った様子でやや目を見開いた。

その表情はこれまでとは違い、素の顔という印象を受けた。


「これは、叔母上。フラベル殿も」

「お久しぶりでございます、猊下。ますますご立派におなりで」


ウルレアは莞爾と笑い、フラベルと呼ばれた男も丁重に頭を下げる。

彼らの挨拶を受けた教主は、一瞬視線を巡らした。


「……お二人とも、お久しぶりです。

ベルダットには少し別行動を取って貰っているのですが、呼びましょうか?」

「とんでもない。息子がお役に立っているようで何よりのことです」

「ええ、そうですわ。わたくしたちにもできることはあるかしら?」


(息子…………息子!?)


眼の前で微笑む少女のような女性と、何度か見た大男の面影が重なり、シノレは束の間呆然とした。

衝撃の中、改めて大男の顔を思い出す。

……やはりどう考えても、とっくに二十は越えているだろう。

こんな三十そこそこにしか見えない女性が母親だなどと、とてもじゃないが信じられない。

姉弟ならばともかく。

教徒はシノレからすれば誰しも若く見えるとは言え、幾ら何でも若すぎではないか、教団の女性とは皆こうなのだろうか。


やがて二人はこちらに気づいたように向き直る。

礼をした聖者に無言で促され、我に返って瞬きし、興味深げにこちらを見つめる夫婦に向かって頭を下げた。

教育係に叩き込まれた所作と作法で、どうにか挨拶をする。


「……シノレです。ご挨拶が遅れましたが、今後宜しくお願いします」


それに、女性は柔らかく顔を綻ばせた。

その表情は驚くほど、教主の笑い方と似ていた。

そして向こうも名乗り返す。


「ワーレン家のウルレアですわ。

猊下の叔母で、先代の猊下の妹です。

よろしくね、シノレ」

「夫のフラベルだ、先日は世話になったな。

ベルダットの父親で……息子に会ったことはおありかな?」

「はい、お話したことはないですが」

「……お二人とも、ご機嫌麗しゅう。

ベルダット様には、大変お世話になっております」


シノレに続き、聖者も改めて頭を下げる。

「ええセラちゃん、お久しぶりね。

と言っても最近助けてもらったばかりだけれど……」


ウルレアは挨拶した聖者に嬉しそうに笑い返し、ぽんと手を合わせた。


「そうだわ。これから挨拶回りがあるのでしょう?

ここでこうして会えたのも天秤のお導きだわ。

ねえ猊下、わたくしはセラちゃんについていてあげたいのだけれど、良いかしら?」

「え……その、それは構いませんが……しかし、この場には御子息も来ているのでは?」


水を向けられた教主は珍しいことに、歯切れ悪くそう返す。

それを聞いた聖者はやや顔色を悪くした。


「う、ウルレア様……!

お心遣いは大変有り難いのですが、猊下の仰る通りです。

そのようなご迷惑はかけられませんので……」

「あら、全然迷惑なんかじゃないわ。

ねえあなた?」

「おお、無論だとも。山道での借りもありますしな」

「ほら、夫もこう言っておりますわ。

二人とも、一緒に行きましょう」


その流れに聖者は戸惑ったように目を見開き、遠慮がちに一瞬教主を窺う。

教主の顔は完全に常通りの笑みとなり、静かに成り行きを窺っているようだった。


「……ですが、その。

猊下も仰っていますように、お子様たちもこちらへおいででは」

「ベルダットなら一人でどうにでもなります。

次男ももう成人していますし、場数を踏む機会です。

そういう時に親が付き切りというのも宜しくないでしょう」

「ええ、そうよ。あの子たちもそれぞれ付き合いがあるでしょうし……

本当に良いのよ。甘えてちょうだい」


そう畳み掛けられた聖者は、最後に一度だけ教主を窺う。

だがすぐに目を伏せ、萎縮した声音で諾を返した。


「……勿体無いお言葉です。

それではお手数でしょうが、甘えさせて下さいませ」


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