条件
向かい合う主従を見て、初めてリゼルドの顔を見た時に覚えた既視感の正体を知った。
髪色や雰囲気こそまるで違うが、良く見ればこの二人の顔立ちは似ているのだ。
君には今更言うまでもないことでしょうが、と前置きしてから教主は言葉を紡ぐ。
「街とは、落としてそれで終わりというものではありません。
サダンを落とすという威勢は結構ですが、そのために泥仕合に縺れ込むのは望ましくありません」
至って冷静に、都市を制圧した後について教主は言及する。
街一つ陥落させたとて、それで終わりではない。
逃げ延びた敵に反撃をかけられ、手もなく奪い返されては元も子もない。
条約や取り決めが塵ほどの重みも持たない楽団相手では尚更だ。
長期的な支配を狙うのなら、陥落させたその後もやるべきことは山とある。
付近一帯を支配圏に下し、敵の拠点や残党を潰し、防衛網を張り巡らし、そこまでして初めてその都市を征服したと言えるのだ。
「周囲一帯を潰し回り、残党まで相手をしていては、どれほどかかることか。
無闇に長引かせたとて、こちらの出血が増えるばかり。
先代とてそれはお望みでないでしょう」
そこまで述べた教主は、ですが――とさらなる言葉を継ぐ。
一も二もなく棄却するものだと思っていた周囲が、僅かにざわめいた。
「条件付きであれば認めましょう。
真に神の加護があれば、それでも可能のはず」
顔こそ微笑んだままだったが、その声音は冴え冴えと冷えていた。
それにも構わず、リゼルドは目を輝かせる。
「一年。それ以上は許しません。
方法は任せますが、如何なる状況であろうとも、私が止まれと言えば止まりなさい。そして」
そこで一度言葉を切り、至って涼やかに血腥い言葉を添えた。
「一門の当主たる者、後に続く者の存在を忘れることは許されません。
遺言書は遺漏なく認めておくように」
教主が言いつけたことは、実際ただの無茶振りでしかなかった。
血気に逸った新当主への叱責、懲らしめて叱り飛ばし、自らの立場の重さを自覚させるもの。
それ以上の意味はないと、場の誰もがそう思った。
だって、どう考えても無茶なのだ。
一年で楽団の地境付近、その一部を粉砕しろと言ったに等しい。
そんなことが易易とできるようなら、百何十年と睨み合いなどしていない。
こんな要請、果たせず中途半端に終わるに決まっている。
最大の晴れ舞台で失言し、結果失態を披露した愚かな当主として良くて一生笑い者、或いは処罰を受けるしかない。
極めつけは遺言書云々の件だ。
(しくじったら詰め腹を切れ。
そうでなくても不首尾があれば、いつでもお前を殺して首をすげ替えられるんだぞってことだよなあ……)
物言いこそ柔らかかったが、恫喝以外の何物でもない。
にも関わらず、リゼルドは物凄く嬉しそうだった。
一頻り、建物を揺さぶり天すら貫くような勢いで高笑いした後、その無理難題を呑んだ。
完全に狂人の笑顔であり、見ている方には恐怖しか無かった。
その間ずっと、聖者は椅子から立ち上がりかけた半端な姿勢のまま硬直していた。
まだどこか呆然とした感じの横顔に向かって、様子を探るため話しかける。
「…………そろそろ移動するみたいだけど、大丈夫?立てる?」
「……え、ええ…………」
こうして、恙無く、とは言い難いものの、何とか儀式を終えた後は、宴が待っていた。




