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宣言

教団の階級は下から助祭、司祭、司教、大司教、枢機卿となっている。

階級を持つ教徒の殆どが助祭から司教の身分であり、大司教以上は格段に数が絞られる。

司教までの各階級はそれぞれ万単位でいるのに対し、大司教は百名そこそこ、枢機卿は六十にも満たない。

これらの階級の内、出自が低くとも大司教までなら功績次第で成り上がる目もある。


だが、枢機卿に上がるのは使徒家出身でなければまず不可能だ。

教主に次ぐ身分である枢機卿を名乗れるのは各使徒家の長かそれに準じる人間――例えば大きな分家の当主や、目覚ましい功績を上げた者などだ。

更に枢機卿位はその半数近くがワーレン家によって占められるのだから、尚の事他七家の競争は激しい。


シノレは聞き知ったそんな事情を反芻しつつ、朗々と響く宣誓を聞き流していた。

儀式に不可欠の手順だというが、あまりに仰々しく長々しいし、正直内容も部分的にしか分からない。

こうした儀式で使われるのは公用語ではなく、『教祖ワーレンの用いた聖なる言葉』たるレーテ語――つまり騎士団の古語であるから、学び始めて未だ日が浅いシノレにはお手上げだ。

しかも断片や響きから察するに、かなり装飾的な韻文だろうから、慣れた者でもなければ相当難しいだろう。


因みに多くの人間は公用語――四勢力で最大の人口と領土を誇る楽団の言葉を用いる。

教団で使われるのも殆どの場合この公用語だ。

征服した地の住民を教化する場合、言葉が通じなければ話にならないし、交渉の際に通訳を挟まずやり取りを早める利点もある。

地方によって多少の違いはあるものの、騎士団領の余程奥深くでもない限り、公用語を知っておけば意思疎通に困ることは殆どないのだ。

一応、騎士団特有の言葉や大公の宮殿で使われる宮廷語も存在するが、騎士団の衰退に伴い話者人口は年々減っていると聞く。


採光のための窓から差し込み乱反射する白光に、香の匂いとオルガの音色、場に揺蕩う独特の雰囲気に酔いそうだ。


ようやく宣誓が終わる。

そこで更にまたくだくだしい手順を経て、教主による按手、品々の贈与を終え、叙階の儀式は終了した。



一連の流れを終えた大神殿は、いつの間にか静まり返っていた。

鳴り響いていたオルガの音も止んで、穏やかな無音が横たわっている。

静かな、ひやりとした沈黙だった。

そんな中枢機卿となったリゼルドは、姿勢を正し、ゆっくりと周囲を見渡した。


さあどう出る、と誰もが息を詰めた。


ここまでは至って型通り、儀礼的な言葉しか口にしなかった。

有り得ないと思いつつ不安は拭いきれなかった、突然乱闘でも始めるのではないかという危惧も杞憂で終わった。

しかしここからの振る舞いで、ヴェンリルの今後の立ち位置、ひいては付き合い方を考えなければいけない。


そんな周囲の緊張を知ってか知らずか。

リゼルドは言葉もなく、ただ笑った。

その笑顔に一気に場に緊張が広がる。

場の注意が一斉に一点集中し、誰もが息を潜めて耳をそばだてた。


その正負はともかく、表情一つで満座の心を揺さぶることができる。

その意味でリゼルドは確かに他者を従える才覚を備えていた。


「まずは、有難う。

今日という日が来たこと、まさしく恩寵だと思っているよ。

それに報いるためどうすれば良いのか、僕なりに考えてきたんだ」


ゆったりと周囲を見回し、不自然なほど穏やかな口調でそう宣う。

その口から出るのは先程まで使われていた古語ではなく公用語、敬語すら使おうとする様子がなかった。

いよいよ空気が張り詰めていく。

此処から見る限りでも、何人かの表情は既に険しいものとなっていた。

それにも素知らぬ振りで続ける。


「僕に求められていること、僕にしかできないことは何か。

明白だよね、一つしかないよねえ。

それに比べれば殆どのものが瑣末事だ」


清廉なほど涼やかな笑顔に、陰惨な殺気が滲む。

静かな声音が弾み、いつの間にか上げられていた手が髪をかき上げた。


「主人に従う犬さながらに、大人しく頭を撫でられていれば満足?

いやいやいや、違うよね。偏に僕は戦うためにこの地位を与えられている。

僕が巻き起こす楽団そのものの狂騒も、結果を出す限り許容される」


流れるような独演に、咄嗟に誰も口を挟めなかった。

脚光を浴びた主役は、朗々と自らの意義を謳い上げる。


「全ての教徒の先鋒として、憎き楽団と対峙し勝ち続けること。

それが、僕にしかできない報恩だ。

だから安心してね――枢機卿として愛すべき教徒たちのために、サダンを落としてあげる!!」


新たな枢機卿は満面の笑みで高らかに、そう宣言したのだった。


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