監視人
「うん。まあ、お目付け役はつくだろうなと思っていたけど、ここまで堂々と来られると反応に困るよね」
そう言い、リゼルドは苦笑する。
それに向かいの男は、ゆるゆると余裕を含んで笑い返した。
「リゼルド、またこうして無事に会えて嬉しいぞ。
お前の周りは常に物騒だからなあ。他家ながら案じていたのだ」
「あはは、それはどうも。
そっちこそ変わりないようで何よりだよ、ウィリス」
ウィリスと呼ばれた男は、二十を幾分越したくらいの青年だった。
穏和に微笑む顔を縁取るように、飴色の髪が緩やかに流れている。
それと同色の、弓なりに笑うまつ毛の下から灰色の目が覗く。
元の作りの良さもさることながら、髪の先から爪一つまで完璧に磨かれ整えられた姿だった。
男はリゼルドを見つめたまま、優雅に首を傾げる。
「……実際、お前の存在はこの上もなく頼もしい。
それは誰もが認めるところだが、このシルバエルでも刃傷沙汰を振り撒かれては堪らない。
お前の気風は戦場では素晴らしく有益なものだが、ここにはここの秩序があるのだ。
お前もそれは、分かるだろう?」
「まあね、分かるけどさ」
今のリゼルドは普段の黒い外套姿から一転、がらりと装いを変えていた。
現在彼が纏っているものは標準的な使徒家の装束だ。
純白を基調としたそれに長い黒髪を固く編んで垂らした姿は一見清廉で、禁欲的な趣さえある。
それなのに、やはり何か不自然なものを感じさせた。
他の使徒家面子に負けず劣らず容姿は良いのだし、似合わない方が不自然なはずなのだが、どうしても何かがずれているような異様な感じが漂う。
要するに似合っていなかった。
黙って立っていても血の匂いがしてきそうな少年に、神の使徒たるを示す純白の法衣を着こなせという方が無茶かもしれないが。
場所はヴェンリル家の客間である。
たまには真面目に、明日に向けた聖句と口上の復習でもと思っていたら珍客が乗り込んできた。
しかも事前連絡無く押し掛けてきやがった。
お陰でこっちは家中大わらわ、上下が引っ繰り返る大騒ぎだ。
リゼルドも泡を食った使用人に詰め寄られ、接遇に引っ張り出される羽目になった。
そのためにらしくない装いまでさせられたリゼルドは、向かいの青年に冷え込んだ目を向け、ずけずけと突っ込む。
「でもさあ、何でお前?
仮にもベルンフォードの跡継ぎだろ。何、暇なの?」
「時間を上手く使っていると言ってくれ。
腐っても此処は聖都、お前一人ではやりにくかろうと駆けつけた、切なる友情が分からぬか」
そう応じる男の形は、しかし使徒家のそれではなかった。
リゼルドはそれに白けた目を向ける。
その身に纏うのは貴族御用達の……何と言ったか、やたらと釦だの刺繍だのがあしらわれた華美な上衣で、色は群青を滲ませた濃藍だ。
膝丈ほどのそれの前を開き、それよりやや薄い色をした内衣を見せていた。
内衣や袖に配置された蛋白石の釦が輝きと色を添え、更にその周りを銀糸が渦を巻くように彩っている。
見ているだけでうんざりしてきそうな絢爛さである。
リゼルドの感覚では珍妙な芸人としか思えないが、不思議と男にはしっくり馴染む装いだった。
事実それは素材も仕立ても全て最上級、大公の宮殿でも通用するであろう、古式ゆかしい貴族の盛装であった。
そんな男は膝の上で組んでいた指を解く。
そうして改めて組んだ手に顎を預け、真意の読めない笑みを浮かべた。
「……不服ならば猊下にその旨申し立てるが良い。
私が外れたとて、監視が無くなることはなかろうがな」
「……はは、別に良いよ。お前は話が分かるしね。
使徒家同士、仲良く助け合いといこうじゃないか」
「結構。仲良くやろうぞ」
リゼルドの答えにウィリスが眦を緩める。
笑い返しつつ、それとなく観察の目を向けた。




