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確執

暫くは和やかなやり取りが続いた。

この男は聖者に心酔している部類らしく、聖者の存在と天が遣わした奇跡を讃える。

その語り口は巧みで抑揚も美しく、まるで楽の音でも聞いているようだ。

その流暢さと来たら流石折衝を担う使徒家の家長、言葉を用いた戦の専門家だと妙な感心をしたほどだった。


痺れを切らしたのか、先に切り込んだのは聖者の方だった。


「レイグ様には、いつも身に余るほどのお言葉とお心遣いを頂き、大変有り難く思っております。

……本日のご要件は、何でありましょうか」

「ええ、そう、そろそろ本題に移るべきですね」


レイグは笑顔のままだったが、その声には微妙に漣が立ちつつあった。


「……そう、そうなのです。

明日の儀式のことは、とうにご承知でありましょうね。

リゼルド殿が遂に、名実ともに使徒家の長となってしまうと……。

聖者様は、彼と殆ど面識をお持ちではないでしょう。

何か、御身が損なわれるようなことがあればと案じられてならず、こうして忠告に参った次第です」

「そうでしたか……いつもながら、身に余るお心遣い、痛み入ります」


「ええ。一挙一動に至るまでが野蛮な、本来この聖都で生きることさえ値せぬ者です。

父親も酷いものでしたが……先代猊下のご信頼を良いことに散々無法をした挙げ句、その尊きお体に害を及ぼしたのですから。

唯一の役目すら果たせなかった不埒者です。

ですが、息子はそれ以上です。大人しく楽団でだけ戦っていればいいものを」


男の流れるような言葉は滔々と続く。

要はこの男はリゼルドが嫌いであるらしかった。

手を変え品を変え故事まで引いて、いっそ丁重なほどの執拗さでリゼルドをこき下ろす。

その連綿と続く罵倒と来たら、よくもここまで次々他人を貶せるものだと感心するくらいだった。

これだけ話しているのに一切疲れや淀みを見せず、聞く側に不快感を与えないのも見事だった。


(いや、でも、うーん、そこまで酷いかな……?まあ、教徒の感覚なんか分からないけど)


楽団の底辺育ち、しかも一時期は奴隷として飛び切り汚い部分を見てきたシノレからすると、あれが特別酷いとは感じない。

命を狙われそうになったし殴り飛ばされもしたが、それはまあシノレの不覚であってそれ以上のことではない。

教徒からすれば問題外かもしれないが、楽団の基準では寧ろ割と紳士的な部類ではないだろうか。

短時間のやり取りで受けた印象でしかないが、落ち着いて思い返してみる限りあれは典型的な楽団人、それも特権を振るう側だ。


(いや、だからこそ……なのかな。

教徒にとっては楽団なんて、害獣同然の蛮人の巣窟でしかないんだろうし。

この半年だけでも、色々あったからなあ……)


「――それのみならず、三年前も身の程を越えた蛮行に及び、私の名を傷つけたほどで……

ああいえ、これは関係ないですね」


黄昏れるシノレを他所に、語り続けていた声が一瞬底なしに低まり、寒気すら感じさせるほどに冷える。

だがすぐに誤魔化すように咳払いをし、聖者に向き直る。

その顔にも声にも、至って真摯な色が浮かんでいた。

「――とにかく、くれぐれもお気をつけ下さい。

教徒を名乗っていようともあれの本質は楽団の悪鬼どもと同等。

尊き御身が関わり合いになって良いものではございません」


そう言う男には、少なくとも謀ろうという気配はなく、心から聖者を案じているといった様子だった。


「何かございましたらいつでも、何なりと私にお申し付け下さい。

他の家がどうであれ、私は貴方様の味方です。

聖者様のことは我が家の総力で以てお守り致します」


聖者はそれに、ありがとうございます、と小さな声で返した。



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