客人
何度か訪れたことのある聖者の屋敷は、閑静で優雅な場所だった。
広大な屋敷の離れの、その更に離れの一室がシノレの新しい住処となった。
(遂にここまで来たか……いや本当になんでかな?)
寝起きの頭で思う。
一年前の自分にこの境遇を話しても、薬で頭がやられたのかと返されるのが落ちだろう。
何しろここはワーレン一族の本拠、使徒家ですらおいそれとは近寄れない場所である。
それなりに身構えていたが、以前までの部屋とそれほど変化はなく、穏やかなものだった。
座所の屋敷というからてっきり使用人が何人も詰めているのかと思いきや、一日数時間ほど本邸から来る程度で、基本的に聖者しかいないそうだ。
人が殆どおらず密度が低い分、静か過ぎて落ち着かないくらいだ。
移動は多少面倒になるだろうが、閑静な山の暮らしは考えていたほど悪くはない感じだった。
外から注意深く監視されているのは感じるが、そんなのは今に始まったことでもない。
気にしたら負けだと既に悟っていた。
しかし引っ越し早々、朝から客人があった。
「ご機嫌よう、聖者様。本日も誠にお美しい。
拝顔のお許しを頂き光栄に存じます」
年は、二十代半ばを過ぎた辺りだろうか。
淡い金髪に白皙の肌、けぶるような灰紫の目をした青年だった。
端正な顔は微笑んではいるが、淡く鈍い色合いのためか妙に無機質で人間味が薄い。
さながら大理石を掘り出した彫刻のようだった。
身なりは使徒家のそれであり、挙措も至って落ち着いたものだ。
そうであるのに、シノレは本能的に嫌な感じを覚えた。
暗く濁った、産毛が逆立つような危機感だ。
こいつと関わらない方が良いと直感で感じる。
「ご機嫌よう。ようこそいらして下さいました、レイグ様」
(レイグ……思い出した、セヴレイル家の当主か!)
エレラフの件で同道した、老枢機卿の顔を思い出す。
そう言えば、この男の顔にも見覚えはある。
教団において情報の収集と他との折衝を担う家。
同じ使徒家であるベルンフォードと同じく、今や絶滅危惧種と言える、貴族の末裔というやつでもある。
呪いと禍を招くと言われる「王」「国家」と並びほぼほぼ死語であるが、こちらは極僅かに現存しているのだ。
そうしたことを思い巡らしている内に挨拶を終え、聖者がこちらを示す。
「ご紹介します。彼はシノレ。私が見出した勇者です」
「……ほう。直に見るのは初めてです」
聖者の言葉に男は僅かに目を見開き、次いでシノレを凝視した。
その目にも、ざわざわと胸が騒ぐのを感じる。
物見高い、と言うのだろうか。
害意こそ無いものの、心地の良い視線ではなかった。
これは、この既視感は、そうだ。
かつて一度だけ通りかかった、楽団の見世物小屋。
その見物人がしていた目に似ている。檻の中の珍獣を見る目だ。
レイグはふっと目を切り、何事もなかったように聖者に向き直った。
その顔には零れるような好意的な笑みが浮かんでいる。
「聖者様の御力になることができましたら、私にはこの上もない幸いです。
我が家ができることがございましたら、何なりとお申し付け下さい」
「ええ、有難うございます」
「それこそ、勇者殿の後見であろうとも。
聖者様のお望みのためならば、我が一族の総力をあげましょう」
「……勿体無いお言葉です」




