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セヴレイル家

教団で暮らす教徒は、他所と比べれば不自由の少ない暮らしを享受する。

そのために比較的長命な者が多い。

最上層に当たる使徒家ともなれば尚更である。

だからこそ、一定の年齢に達した者は自主的に引退する習わしがあった。


当人の体調や家の事情によっても変わってくるが、概ね四十路に入った頃が境目である。

四十を過ぎれば引き継ぎの準備を始め、五十になる前には後進に道を譲るのが常である。

そうして隠遁した者たちは長老と呼ばれ、その経験と知識から一家に隠然たる発言力を持つ。

現在セヴレイル家には、三人の長老が存在した。


「お待ちしておりました、当主様」

「……これは、皆様お揃いでしたか。お待たせして申し訳ない」


集った面々を確認し、レイグは微笑した。

その顔に上座の老人が考え込むように探りを入れる。


「……猊下のご様子はどうであったか?」

「残念ながら、父上。決定はお変わりないとのことでした。

叙階はやはりどうにも、止められないようです」

「……まあ、仕方がないことであろう。

だが三年前の落とし前は、何が何でもつけさせねばなるまいぞ」

「心得てございます」

「…………ああ、全く親子揃って忌々しい。

あんなものを同朋と認めるだけでも業腹だというのに。

使い捨ての駒の分際で、事もあろうに我らの邪魔をするとは」


火花を思わせる、見えない殺気が場に散った。

父子のやり取りを残りの面子は静かに聞いていたが、やがて一人が居住まいを正す。


「……当主様。儂にお聞きになりたいことがあるとの仰せでしたが、何事でしょうや?」


それはルダクであった。

きちんと身なりを整えているが、エレラフの時とは打って変わって寛いだ様子である。

レイグはそれに向き直り、丁重に切り出した。


「ルダク殿。過日の出陣でお疲れのところ、こうしてお呼びつけしてしまい心苦しいばかりです。

ですが、エレラフの件についてお話を聞かせて頂きたい。

何か気に掛かることはあったでしょうか。

特に、あの勇者とやらについて」


「……シノレのことですか。

儂からすれば、まあ、あらゆる意味で楽団の小僧としか思えませんでしたが。

懸念事項は、教団への服従心に少なからず不安があることでしょうか……」

「……つまり、リゼルド殿の同類のようなものであると?」

「いえいえ、それは流石に!

そこまで言っては気の毒でしょう、幾ら卑賤の余所者と言えども……

寧ろ、同類どころか正反対と言って良いかと」


ルダクは一度言葉を切ってお茶で口を湿らし、その先を続ける。


「楽団で生い立った者を教団の教えに染めるなど、元より不可能なのです。

聖者様たっての願いと言えども、教徒の反応もやはり好意的なものは少ないようでした。

ただカドラス家のラザン殿は目をかけていらしたようで、エルク様とも親交を持っていたように見受けました」

「そうですか、ありがとうございます。

……他には、何か?」

「……そうですな。

エルク様は諸々の惨劇に衝撃を受けられた模様で、我らと行動を共にしない時間も多うございました。

その間のことは流石に詮索が憚られました故、不透明ですな」


ただでさえ、その周囲は専属の従者で固められていたのだ。

下手に勘ぐって詮索して、不興を買うのは御免だった。

それはレイグも承知しており、深く頷き返す。


「成程、参考になります。

伝道に当たって猊下の抜擢をお受けになるほどの方が、私を支えて下さる。

これほど心強いことはありません。

これからもお願いします」


顔を見合わせ、軽く会釈し合う。

その時集められていた長老の、最後の一人が口を開いた。


「当主様は、リゼルド殿にどう対応なさるおつもりで?

かつてのことは、是が非でも償いを求める必要がありましょう」

「…………」


レイグは目を閉じ、やや考えた。


「聖都における我が家の立ち位置を考えれば、各所を通じて影響を及ぼすことは難しくありません。

根回しは十全に済んでいますか?

……ああ結構、足元を憂う必要は無さそうですね。

喜ばしいことです」

「……レイグ。重々承知と思うが、この聖都は我らの祖が並々ならぬ苦難の果てに築いた都である。

お前が我らの総代として、年若い猊下が惑われぬよう、お支えするのだ。

ようやっと勝ち取ったこの場所が、楽団の狂犬に汚されるなどあってはならぬ。

――くれぐれも心得よ」

「ええ、父上。当然のことでございます」


前当主の言葉にレイグは頭を下げて応じ、それきり場は重苦しい沈黙に包まれる。


二百年。騎士団の貴族であったセヴレイルが使徒家となってからそれだけが経つ。

彼らにとっては、まだ二百年だ。

二百年如きでは意識を変えるには至らない。

使徒家としての有り様に変わったのも、ほんの一時の処世でしかない。

彼らは常に貴族であった。それ以外の者であったことなど一時としてない。

侮辱に対して総力を上げて報復するのは代々受け継がれた義務である。



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