身にしみた習性
「その場から動くな、躱すな!何度言えば分かる!?」
風の唸る音とともに剣が斬り掛かってくる。
目まぐるしく飛び交うそれにどうにか反応し、受けて捌いていく。
攻め立てる剣筋の間隙から、新たに唸りを上げて振り下ろされ、咄嗟に回避すると更に攻撃は激しくなった。
「そら、また逃げた!
貴様は無意識に、自分が逃げることを優先しているのだ!
それで護衛の任が務まると思うか!」
「…………っ!は、あ……」
苛立たしげに吐き捨てられる。
それとともに一度攻撃が止み、立ったまま息を整える。
前方に立ちはだかるのは、険しい形相の教育係だ。
動きやすい服装に着替え、練習用の剣を構えている。
場所は教練場の中庭だ。
息が整うや否や、再び斬りかかってくる。
今日は朝からずっとこの調子だ。
手足が痺れたように重く動かしづらい。
疲労であまり頭が働かず、咄嗟の反応に身を任せる。
けれどそうすればするほど、教育係は苛立っていくようだった。
教育係にも繰り返し言われている通り、シノレの動きというのはまず逃げることを前提としている。
それは自分でも分かっている。
あの貧民街で生きる上で、それが一番必要なものだったからだ。
人間から逃げる上でも、魔獣から逃げる上でも。
俊敏さ。判断力。持久力。
地理や魔獣の知識。
求められたのはそんなもので、そんな風に生きてきた。
まあつまりそれらは、教団では全くの無意味どころか足枷ということだ。
どうやったって、シノレは結局自分の生存を優先させる。
どうしても根本的なところで、身を捨ててでも他者を守るというのが分からない。
何年もかけて身に染み付いたものというのは、簡単に変えられるものではないのだ。
楽団領の片隅で鼠のように生きてきた自分に、物語の騎士さながらの振る舞いを求められても困る。
けれどそれでは勇者としては落第なのだそうだ。
「雑に攻撃を流すな、守るべき者に当たれば何とする!
後ろには聖者様がおられると思え!」
その言葉にぎょっとする。
もしも、自分の後ろに聖者がいたとすれば。
思わず後ろを意識してしまい、前方への注意が薄れる。
その隙を見逃されるはずもなく、手もなく倒されてしたたかに打ち据えられた。
「そら、反応が遅れた!今のでまた死んだぞ!」
「…………っ」




