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ニアとエヴァンジル

 夜の林檎という果実がある。通常の林檎より遅れて、冬に採れる果物だ。


 通常の林檎とは違って黒に近い、夜空を思わせる濃紺色の外皮をしている。果肉は、新鮮なものは青みがかった乳白色だが、乾くとくすんだ黄緑色に変わる。


 食味は極めて甘みが強く濃密で、香辛料を振ったような独特の風味がある。種は猛毒であり、加工すれば人を仮死状態にさせる毒薬ができる。


 寒い地域に多く、栽培が容易で、栄養価も高いことから、旅の保存食や冬籠りの食糧として重宝されている。特に乾物は、街に行けば大体どこでも売ってる身近な食材だった。


 勿論、旅の真っ最中のニアの懐にもそれはある。そして夜の林檎の香りは強く、野生の動物を引き付けやすい。


 だからニアはルゾアの山道で足を止め、ついてきていた動物たちに話しかけた。


「……いる?君たちも」


 森には秋の気配が漂い始めていた。山の獣たちに囲まれながら、切り株に座ったニアは袋を取り出す。ひとかけ口に運ぶと、強烈な甘みが広がった。それに反応してか、動物たちの呼気が荒くなる。黄緑色のしなびた欠片を彼らに与えながら、ニアはぼんやりと考えに耽る。休憩時間は緩やかに過ぎていく。


「ニア!そろそろ行きましょうよ」

「……うん。兄さん」


 そこはワリアンド北部、ルゾア山脈の中腹だった。


 和議の使いの任を終えて、州都から北上すること一月。そして、山を上ること更に半月。ニアとエヴァンジルは兄ヴィラ―ゼルに会うため、そこに向かっていた。


「ヴィラーゼル、どうしてるかしらね」

「溶けかけてるんじゃない。あの兄さん、暑さが苦手だから」


 ヴィラーゼルは夏中ずっと、根城を出て山に籠っていたらしい。


 話によれば、ここ数か月は日がなだらりと脱力して、「あつい」「とける」「しぬ」しか言わなかったらしい。配下としても邪魔だったそうだ。だが、そろそろまともな言葉を紡げるようになっているだろうと。


 先を歩くエヴァンジルが、退屈しのぎか「にしても」と口を開く。


「アンタといると、本当に獣が襲ってこないわねえ。気楽で良いわ」

「……けものは、怖いって思うから……」


 歩きながら、ぼそりとニアは呟いたが、それ以上語らず口をつぐんでしまった。それを見るエヴァンジルは、


「ああ、怖いからこそ襲ってくるってこと?確かに動物はアンタを怖がらないわよね。むしろ懐く子ばっかりよね」

「そうかな。そうかも……」


 話しながら歩いていく。そして、そこにたどり着いた。


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