令嬢の探索
それから少し経って、未だ結論が出ないままのシノレは扉に目を向けた。
先程から何者かが、シノレの部屋周りでうろうろしているようなのだ。それだけでも、気になって眠れそうにない。
(……一体誰かな。……僕を始末しに来た感じではないけど)
気配からして、絶対に玄人ではない。足音を聞く限り、恐らく鍛えてもいない少女だ。一対一ならシノレでも勝てるだろう。しかし、脅威にならなそうだからといって無視できるものでもない。
「……あの、何か?」
シノレとしては、どこかの令嬢が迷子になって、道を聞ける相手を探してさまよっているのではと思ったのだ。そう思い、扉を開けたのだった。
「きゃ……っ!?ちょ、ちょっと、いきなり開けんじゃないわよ!」
案の定、そこにいたのはどこかの令嬢らしき少女だった。夏の夜中だというのに、長いベール付きの帽子を被っており、顔は見えない。だが、その声は――
「セシ……あ、いえ。セレネ様でしたか」
「え、なんで……ああ、やだ、お前だったの?何でお前、私が行くところに一々いるのよ……」
「そんなこと僕に言われても。……何かご用でも?」
何故か令嬢は罰が悪そうに、「ご用っていうか……」と口を濁していた。シノレも何となく引けず待っていると、ぼそりと声が聞こえてきた。
「……もの」
「はい?」
「さ、探し物」
令嬢は俯いていた。片手で胸の辺りを強く握っている。よく見ると、布地の下に何か物体を隠しているようだった。服の下でお守りでも下げているのだろうか。
「ずっと探していて、探さなきゃならなくて……でもずっとバタバタしてて、本腰入れて探すどころじゃなかったんだけど、やっぱり気になって」
「はあ、そうですか……」
以前城内に来た時、何か忘れ物でもしたのだろうか。先日の事件や何やらでそれどころではなかったし、そんな場合でないことも分かっているが、どうしても気になってしまい密かに探しに来たと……なるほど、筋は通っている。シノレは合点し、更に扉を開いた。
「道に迷ったとか?良ければ、どなたかのところまでご案内しましょうか」
「……えっ、っ、ぃいええ、それは良いのよ!」
何か声がひっくり返っている。令嬢もそれに慌て、動揺した様子で、勢いよくそっぽを向いて大きく咳払いをした。
「そっそれより!歩き回って疲れたから休みたいのよ!ちょっと入れなさい!!」
「えっ、あ……」
答えも聞かず、押し入るように部屋に入ってきた。ドレスの裾がふわりとたなびく。
「っていうかここお前の部屋?狭いわね」
「ええ、まあ……僕はその、別に偉い身分ではないので」
「そんなの見れば分かるわよ。…………でも、ここは……」
シノレは何かぶつぶつ言い出した後ろ姿を、困り顔で見つめた。休憩したいと言った割には座ろうともせず、妙にそわそわ、きょろきょろしているし。
(参ったな……)
まさか腕ずくで追い出すわけにもいかない。どうしたものかと思っていたら、また違う気配が近づいてきた。シノレは令嬢を一瞥してから、扉の方へ近寄る。
「シノレー!まだ起きているんですか?」
やってくるユミルは、夜だと言うのにきちんとした身なりだった。最近は騒ぎと緊張の連続で、毎日訓練続きだというのに、変わらず元気一杯という感じで少し羨ましい。
「ユミル様こそ……これから就寝という感じではありませんが。どうかなさいましたか?」
「ああ、それは」と、ユミルは困り顔で声を潜めた。
「ここだけの話ですね……先程知らせが来て、フィアレス川の渡河地点が反乱分子に襲撃されてしまったんだそうです。そうなると川以西での撤退戦にも関わってきますから、その対策会議ですよ。シオンと一緒に、一度聖都に戻るよう言われましたけど、取り敢えずはこれが終わってからですね……それで、シノレはどうしてまだ起きてるんですか?」
「起きていたというか、起こされたというか……今ちょっと、人が来ていまして」
「え?こんな時間に?誰です?」
「あの……以前の、セシル様ですよ。帰れずに迷ってしまったそうですが、こんな状況では人に聞くのも憚られるそうなので……」
「え、そうなんですか?僕今からあっちで会議ですし、ついでで良ければ案内しますよ!」
それにシノレは少し考えたが、首を振った。
「……いえ、招集があるのならそちらが優先でしょう。それに彼女の方も、ユミル様にお気を遣わせたとなると、一層萎縮してしまいかねません。ここはそっとして頂いた方が……」
「そうですか?では、お願いしますね、シノレ!またあとで!」
ぱたぱたと、軽い足音が遠ざかっている。何となく詰めていた息を吐いて、シノレは扉をまた閉めた。そして部屋に向き直り、ぎょっとした。
「……って、あの、何しているんですか」
「…………これって……!」
令嬢は、部屋の奥に置いてあった長櫃を覗き込んでいた。この数日放置されていたそれは、薄く埃を被っている。
「すみません、それはちょっと……」
危ない。そう思って慌てた。容れ物越しだから大丈夫だろうとは思うが、剣のことはシノレにもよく分かっていないのだ。何かの弾みや刺激でとんでもないことになりかねない。そして、唯一それを制止できそうな聖者は死んでいるのだ。
令嬢に早足で歩み寄り、離れるよう声がけようとしたその時、勢いよく振り返った。
「……これがどうして、お前のところにあるの!?」
「は?あの一体……とにかく危ないかもしれないですし埃が汚いのであまりそれには」
「良いから答えなさいよ!!!」
大変な剣幕だった。それ自体はシノレを怯ませるほどのものではない。だが本能ではなく心情的に揺さぶってくると言うか、何だか妙な切迫感があった。シノレは困惑を浮かべて立ち尽くす。
(あっちが終われば今度はこっち……)
まだまだ眠れそうにないと、シノレは濁った目を更に淀ませた。




