密談
シオンはラザンに周辺地域の戦況について確認します。
話題はヴェンリルの当主リゼルドに移ります。二人の彼への認識は異なるようです…
滝の傍は、密談に適している。見晴らしも良く、辺りに人影はない。
縁の近くにはシオンたちと同様に、密談目的で集っているだろう人影がちらほら見えた。
「……なるほど、やはりベルガルムとヴィラ―ゼルの休戦締結は動かしがたい、と……位置関係や経緯的に、攻めてくるとしたらベルガルムでしょうね」
「はい。のみならず総帥もこれを支持し、兄弟の一人を仲立ちさせたようですから。ここから覆すのは困難でしょう。
早ければ月末にでも、地境が崩れるかと。
シュデース家の土砂撤去も何とか進み、道が開けてはいるそうですが、果たして間に合うかどうか」
「ふむ、なるほど……兄上、いえ、当主様は何と仰っていますか?」
問いながらシオンは西へ、地境が存在する方角に視線を送った。
ここから西方に存在するフィアレス川、そしてそこと楽団の中間に位置するベウガン地方。
大規模援軍が送れない今、軍勢が攻めてきたら、元からある固有の戦力で守らなければならない。
ベルガルムとて一方面に全力を注ぎ込むわけにいかないから、一瞬で粉砕されることはないだろうが、そもそもの規模と地力が違いすぎる。決して楽観はできない。
問題は、いつまでその状態が続くかだ。中央との行き来のままならない状況で、敵に補給路を確立されてはかなり苦しくなる。
そうでなくとも恐怖と重圧で住人が恐慌状態になれば、都市防衛はそこで破綻するだろう。
「ひとまずは奴隷や作業者を捻出して土砂撤去を急がせ、一人でも兵を送るべく進めさせています。
小規模の軍隊であれば使える通路がいくつかありますから。
更に危急の場合に備え、河岸付近に防衛陣地や軍の配置を」
「そうですか……そうだ、リゼルド様は、どうなさっておいでですか?」
「……あれですか……」
途端にラザンの眉間が寄せられる。
カドラス家ではお馴染みの反応だった。
両家の気質は水と油と言っていい。
本質的に相性が良くないのだ。
教祖の時代、数十年に渡り激闘を繰り広げた初代同士は意外にも仲が良かったようだが、その子孫同士は反りが合わない場合が圧倒的に多かった。
「この危機に当たって対処を打ち合わせるべく、当主様が何度か聖都帰還を要請する旨をお送りになったそうですが……どうも、尽く無視されているようです」
「ああ、それは仕方ありませんね。
あの方にはやはり、猊下直筆の文書でなければ難しいでしょう」
カドラスとヴェンリルは軍事的貢献を主とする点で一応同じだが、それ故に相容れないところがある。
シオンは殆ど知らないが、リゼルドの父リオネスの代にも、軋轢が生じたという背景がある。
シオン個人としては、特に忌避感を感じたことはない。
リゼルドの価値観、力、勝ち方、それらは教団に必要なものであると思うし、一種の感嘆すら持っている。
どうしても見過ごせないとなれば、拳で語り合えば良い――そういった意味で、彼女は甥ユミルと大変似た気質をしていた。
「思うのですが……あの方を型にはめて動かそうとか、考えない方が良いと思います。
あれこれ指図せずに、とにかくのびのびして頂くことが、最高の効率で勝利を招き寄せる秘策ではないかと!」
「楽団相手であれば、それも一理あるでしょう。
しかし切れすぎる剣には鞘が要るように、ああいう者には首輪が必要です。
放っておけば、どのような形で教団に不利益を齎すかしれません」
「大丈夫です、見かけほど話の通じない方ではないですから!
心を込めてお話すれば分かって下さいますよ!」
「……言って通じる人間であれば、そもそもこのような真似はしなくて済むのですよ……」
ラザンはあまりに脳天気な答えに脱力した。
ユミルほどではないが、シオンもリゼルドについて、どうも何か勘違いしていそうな節がある。
一応ユミルと違って、リゼルドと同じ戦場を戦った経験がシオンにはあるはずなのだが、どうしてこう認識の違いが生じるのだろうか。
情勢の不穏さもあって、彼は嘆息せずにはいられなかった。




