再会
エルクは久しぶりにシノレと話をします。
会話の中で自分で気づいていなかった聖者への印象に思いを巡らせますが、
話題は他のことに移って行くようです。
こういった宴会の舞台では、大抵休憩所が設けられている。
中心の喧騒からやや離れた位置に落ち着いてから、エルクは聖者に礼を言った。
「先程はありがとうございました、聖者様。いつもお助け頂いて……」
「助ける……というほどのことはしておりません。
エルク様は、いつもご立派に役目を果たしていらっしゃいますもの」
一番大きく美しい椅子に座って、聖者は穏やかに微笑む。
その席は上座で、エルクの席よりも高い位置だ。
座る時もここにどちらが座るか、譲り合いが収まらなくなりそうになったのだがそれもシノレが片付けた。
聖者を半ば無理矢理座らせるという形で。
そのシノレは見るからに気怠そうに半眼になっていた。
だが、ジレスが「水を貰って参ります」と立ったのを見てそれに同行する。
すぐに白いテーブルの上に、四人分の水が用意された。
「皆様、お疲れ様です。こうして再びお会いできたことを嬉しく思います。
まだ暑い日が続きますが、どうかご無理をなさいませんように」
聖者が口をつけたのを合図に、他の三人もグラスを取り、思い思い休憩に入った。
四人で、テーブルの三方を囲む形だ。
聖者が壁際の一人用の椅子に座り、その左側の長椅子をエルクが使う。
そして、エルクの向かいの長椅子にジレスとシノレが腰掛ける形だ。
エルクも水を口にして、人心地ついた思いがした。
「……とにかく、シノレ。元気そうで何よりです」
「ありがとうございます。そちらこそお元気そうで良かっ……いえ、お慶び申し上げます」
隣のジレスを意識してかまた言い直して、誤魔化すようにシノレは水を飲んだ。
やや目を泳がせてから、「最近は、お忙しそうですね」と言った。
「お会いする全ての方から、日々様々に学ばせて頂いています」
「……思うのですが。そういった日々に、お疲れにならないのですか?」
「……疲れる、ですか……」
この話題は大丈夫なのだろうかと思った。
だが、シノレの隣のジレスはむっつりと目を閉じていた。
どうやらこの話題は聞き流してくれるようだと判断し、エルクは改めて思案した。
「ワーレン家は、教徒の導き手となるべき存在です。
日頃我々を支えて下さる全ての方々に感謝していますし、こうしてお話できる機会は貴重なものと受け止めています」
「それはそうなんでしょうけど。
それでも、特定の誰かへ、何かしら印象を持つことはあるのでは?
この相手とはまた話したいとか、逆にもう会いたくないとか」
「ええ……?……そう、ですね……」
まあ、後者の場合は、ないとは言わない。
社交の世界は戦場だから、本当の刃傷沙汰は起きないにしても色々なことがある。
ただ前者は、咄嗟に思い当たる節がなかった。
考えれば、特定の誰かと仲を深めたいとか、そういう意識を持ったことはない……と思う。
正直その場その場を切り抜けるのに必死で、そこまで考える余裕がない。
けれど聖者の声はいつでも安定して優しくて、どんな時でもこちらを照らしてくれるようで――……
(…………あれ?)
何か今、変な方向に思考が逸れかけた気がする。
エルクは戸惑ったが、それ以上深掘りはしないことにした。
幸い動作に現れなかったので、気取られずには済んだようだ。
誤魔化すためにまた水を飲んだ。
「……いえ。やはりそういうことは、特に意識していないと思います。
僕もまだまだ勉強中ですから」
「……そうなんですか。すみません、僕は社交というのが良く分からないのですが……
何というか、無理に型に振る舞いを当てはめているように見えました。
疲れませんか、そういうのは」
「……聖者様と同じことを言いますね」
「え、そうなの……なんですか?」
シノレは聖者を見て、聖者がやや気まずそうに目を伏せる。
聞かぬ存ぜぬといった体だったジレスが目を上げて、一瞬聖者を見つめた。
その視線に若干鋭さを感じて、状況悪化を避けるために話題を変える。
「と、とにかく……久しぶりですね、シノレ。
中々話す時間が取れず、気になっていました。
聞くところによると、ユミル様と随分親しくなったそうですね」
「あ、はい。そうですね……ユミル様には大変良くして頂いております。
毎朝の訓練とか、街の案内とかもして頂きましたし」
そのユミルはこの場にはいない。
課題が溜まっているのだそうで、朝から自室で机に向かっていると聞く。
「エルク様の方は、オルシーラ姫とご歓談する機会が特に多いみたいですね。
聖者様もご一緒で」
「……ええ。聖者様には本当に助けて頂いております。
それにオルシーラ姫も、僕より年下の姫君ですが、驚くほど博識な方で、話していると発見が多くあります。
……オルシーラ姫は今日もいらしているはずです。
簡単にですが、挨拶もしましたし……」
会場の中心近く。そこで、一際盛り上がっている一団がある。
彼らは、華やいだ声に誘われるように、そちらへ目を向けた。




