表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
394/488

聖者の助言

社交に苦労しているエルクに、聖者が語りかけます。

聖者の言葉により、自分がとても無理していたことに気づいたようです。 


聖者は少し迷ったようだったが、意を決したように口を開いた。


「……最近、度々思っていたことですが……エルク様は、誰にでも同調しているようでいて、実質、何も言っておられませんね」


エルクはそれに瞠目し、そして目を伏せた。

驚いたわけでも怒ったわけでもない。

ただ一瞬だけ、真顔になった。


「……失礼でしたら、お詫びします。

ただ、最近のご様子を見ていて、そう感じたのです」


「…………はい。否定はできません」


「……素晴らしいご趣味、ご家族を大切になさっている、皆様のおかげで日々が充実している……この辺りの定型句、今日だけでもう十回は言っておいでですよね?」


「そこまで数えられては、誤魔化しはできませんね……」


エルクは静かに認めるしか無かった。

対して、追及を始めた聖者の顔に悪意はない。

至って生真面目で、そして若干の憂いを帯びていた。


「……エルク様のお立場としては、それで正解でしょう。

猊下にご迷惑をおかけしたくないというのも、当然のことだと思います。

ただ私は……そこまでご自分のことを隠さなくても良いのではと、そう思いました」


エルクはそれに即答せず、数歩引いて水際に近づく。

一旦、落ち着いて考えたかった。


(……自分のこと……)


聖者は動かず、急かすこともなく、静かに佇んでいた。

きっとここで話を打ち切っても、何も無かったように振る舞うのだろうと思えた。

妙な動揺と心拍の上昇を感じながら、エルクは半ば無理矢理口を開く。


「僕が、無理に気持ちを隠しているということですか?

……聖者様から見て、そこまで危なかっしい有様だったのでしょうか」


「……はい。エルク様がどう思ったのか、何を見ていたのか。

……隙を見せまいとして、ご自分の心をどこか置き去りにしてませんか?

確かに、それが必要な時もあるでしょう。

けれどずっとそうでは、気力は長続きしません」


何かが、胸に刺さったようだった。

エルクは鳶色の目を開く。

眼前でさらさらと、水流が流れ落ちていく。

細かな飛沫が冷感を与え、ゆっくりと思考が整っていった。


「……確かに、猊下に迷惑をかけないようにと。

そればかりを考えて……教えられた型をこなすことで精一杯でした」


(……でも、それは思考停止だったのかも、しれない。

誰のための社交なのか、自分が何を見てるのか、分からないまま話し続けてたら──それは、ただの台本になる)


「……聖者様。僕は……」


エルクは少しの間、言葉を探して沈黙した。

ここまで率直に、立ち入ったことを言われたのは初めてだった。

けれど、それが嫌ではない。


「……もしも、僕が僕として何かを言ったなら。

それがワーレン家の言葉として記録され、重く扱われてしまう。

だから、波紋を起こさない水面でいようと思ったのです。

聖者様から見て、それは間違いなのでしょうか」


「いいえ、決して間違ってはおられません。

ですが、それでも……水の底に誰かがいるということを、少しくらいは見せてもいいと思うのです。

与えられた型をなぞるあまり、心を置き去りにしてしまうよりは。

人々が見上げるものはワーレン家の虚像だとしても……エルク様がそこにおられることも、確かなのですから」


その言葉は、妙に真情が込められているように感じた。

エルクは戸惑いながらも、聖者を見つめる。


「……ありがとうございます。聖者様とお話できて、よかった」


「そのことも、誰かに言ってあげてください。それこそ、シノレにでも」


その結論は、聖者の期待から大きく外れたものではなかったようだ。

緊張の面持ちだった聖者は、息を吐いて、ほんの僅かに微笑んだのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ