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最低限の義務

シノレはユミルと朝の訓練を行います。

ちょうど良い機会と、レイグからの言伝を伝えますが…


 先月もそこそこの忙しさだったが、今月もかなり慌ただしい日々が続いている。

主に教育係のせいである。

その日もシノレはユミルと一緒に、稽古場で朝の基礎訓練を行っていた。柔軟をしていると、折り曲げた手足の向こうから緑の瞳が覗き込んでくる。


「シノレ、最近疲れにくくなってませんか?何か秘密の修行とかしているんですか?」


「秘密の修行……それはまあ……」


 魔力のことかな、と思う。

体内の流れを意識するようになってから、些細な部分から段々と変わってきたのを感じていた。

暑気に参らなくなったのもそうだが、それだけではない。

細かい部分まで冴え渡るというか、意識が行き届くというか……今は多少疲れにくく動きやすいくらいだが、続けていけばもっと何かができそうな気がしていた。


「!!やっぱり何かしてるんですか!?教えて下さい!」


「すみません、聖者様の秘儀で、誰にも教えてはいけないと言われていて……」


「聖者様の!?それは仕方ないですね!」


 困った時には聖者様。相変わらず効果は絶大である。

現実逃避気味にそんなことを考えつつ、シノレは「ところで、ユミル様……」と切り出した。

命じられた以上、言うべきことは言っておかなければいけない。

シノレはなるべく無難に言葉を選んで、慎重に並べていこうとした。


「ブライアン様のことですが、本当に関わって良かったのでしょうか。

使徒家の跡取りたる方がそういうことに関わるのは、お控えになった方が良いのではないかと思えて……」


「あ!もしかしてレイグ様に何か言われました!?」


 言い切らない内にあっさりバレた。

ユミルはバネのように勢いよく立ち上がり、伸びをする。

そして一点の曇りもない笑顔で、


「大丈夫です!確かに僕はブライアン殿を応援していますが、それはそれ、これはこれ!!

本番で手を抜くつもりは全く、一切、毛筋ほどもありませんので!!!」


 そう高らかに宣言した。

シノレは「……そうですか」と返すしかなかった。

とにかく伝えるだけは伝えたのだ。最低限の義務は果たしただろう……そう思って片付けようとするシノレに、ユミルは勢いよく聞いてくる。


「それよりシノレ、ジレス様の特訓も佳境に入ってるみたいですね!

僕も勉強中の身なので、分からないことは教え合いましょう!」


「そうですね、ありがとうございます。最近は課題が増える一方で……」


 今月から始まった、狩猟祭の前夜祭。

来月までの間、この城に様々な分野の学者が集められ、社交場を盛り上げることになる。

そこでは当然、複雑な学術的会話やら議論が交わされることになる。

その中で、会話の概要も分からない奴が阿呆面下げて立っていたら大恥だ、猊下に顔向けできないと――これは実際に教育係に言われた台詞である。

シノレもそういう席に完全不参加というわけにはいかないだろう。

実際に聖者は最近、これまでに増してあちこち引っ張り出されているのだ。


 そういうことで、教育係による突貫の学び直しがここ数日間行われているのである。


「もう何回か、そうした趣向の席が催されていますしね!

追いつけるよう頑張りましょう!」


 そしてどうしてか、ユミルもそれに時間が合えばついてくるのであった。


(ザーリア―について探るように言われているから、好都合と言えばそうなんだけど……)


「…………」


 向こうのユミルをちらりと見る。聖者に言われた件を忘れてはいないが、ユミルの前で何か行動を起こすのは躊躇われた。

何かこう、妙なことを勘付かれそうな気がするのだ。


「まあ、とにかく!シノレ、これからどうしますか!?

僕は今日も暇だから、何でも付き合いますよ!」


「はあ……ありがとうございます。それでは……」


 考えながら何気なく目を上げて、そしてシノレは妙な既視感を感じた。

ここから見える渡り廊下、柱の向こうを通るあの人影は、どこかで……


「シノレ?何ぼーっとしてるんですか?

……あ、あれセシルさんですね。挨拶してみますか?」


「い、いや……移動中のようですし、ご迷惑は……」


「何でですか?知り合いなんですし、少しくらい大丈夫でしょう。

セシルさーん!こんにちはー!先月はありがとうございました!今からどこに行くんですか?」


 止める間もなく、ユミルは大音量で呼びかけた。

通りがかろうとしていたセシルは足を止め、こちらを見つめる。

少しの驚きを浮かべた顔が、柔らかな微笑に綻ぶ。


「ユミル様、それに勇者様も……ご機嫌よう。お会いできて光栄です」


 セシルは淑やかに会釈してから、「私はこれからお茶会ですわ」と答える。

ユミルはそれに明るく笑った。


「お茶会ですかぁ、良いですね。きっと華やかで、和やかなところなんでしょうね!

ちょっと見てみたいです!」


「……い、いえ。殿方には何の面白みもない、つまらないものではないかと……」


 セシルは若干困った笑顔をする。その理由は何となく分かった。

そこではきっと、毎回のように陰湿な牽制と情報戦と探り合いが繰り広げられているのだろう。

先日聞いた話の印象からして間違いない。恐ろしい。しかし、それにしても……


(……やっぱり声、似てるなあ)


 まあだからって、何がどうなるわけでもないが。

知り合いというのは、面倒なものだ。シノレは目を伏せて、やや頭を傾げた。




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