聖者と数学者
自らを売り込もうと迫ってくる令嬢たちに辟易していたエルクに聖者からの助け船
が差し出されます。
エルクが預かっていた物を渡された聖者が向かった先は…
「……エルク様?」
だが涼やかな声に乗せられて、助け舟がやってきた。
見ると聖者が、穏やかな眼差しで彼を見つめていた。
ただそれだけで心が静まるような、清雅な美しさだ。
「聖都で、私宛に預かってきたものがあると、以前仰っていましたよね。
それは何か、お教え下さいますか?」
「あ、はい、そうなんです!
遅れてしまい申し訳ありません、流石にこれ以上は失礼かと、今持ってきておりまして……!」
エルクは付き人に目配せし、それを持ってきてもらう。
聖都を発つ時にフラーニアに渡された、大きな封筒だ。
持った感じ、中には幾つかの立体が入っているようだった。
その軽さから、あまり強度はないだろうと慎重に運んできたので、潰れてはいない。
聖者は受け取った封筒に手を入れ、中身を一つ取り出した。
「……それは……」
出てきたのは、淡い色の紙細工だった。
聖者の手の中のそれは、折り目が複雑に交差し、素人目にも見事な整然とした模様を描いている。
それを見つめ、聖者は少し考える顔を見せた。
「……これは、フラーニア様の……丁度いいかも知れませんね。
エルク様、ありがとうございます」
聖者は礼を述べてから、中身を封筒に入れ直し、腕に抱える。
そして壁際にいた数学者のもとへ近寄った。
エルクも何となくそれを見守る。
「デルヒス様、少し構いませんか?」
「……これ、は、聖者様……」
数学者は最初、萎縮と緊張を隠そうともしなかったが、聖者が取り出したものを見て、僅かに表情が変わる。
「それは?」と聞く声も、興味と熱が浮かんでいた。
「知り合いの方から頂いたものなのですが……こういった紙折りや、幾何学の類が大変好きな方でして。
ほら、広げると数式が書いてあるでしょう?
ですが、私には少し難しいので……良ければご教示頂けますか?」
聖者はそう切り出して、急かさず相手から話を引き出していく。
その話に優しく頷き、時々数式を指して質問する。
最初は数学者も恐縮していたが、段々と気分が乗ってきたのか、生き生きと喋りだす。
それにちらほらと視線が集まり始めた。
エルクは、戸惑いがちにその姿を見つめる。
視線に気づいたのか振り返った聖者は、彼に小さく微笑んだ。




