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社交の場

教団教主の弟エルクは宴の席で様々な人々から挨拶を受けます。



そこはシアレットの山の城館の外れ、人工池の上に浮かぶ建物だった。

陸地に繋がる橋からまた、着飾った人間たちが談笑しながら歩いてきていた。


宴の舞台は池の上に設けられた、巨大な円形の広場だ。

全体をぐるりと囲うように柱が渡され、それに支えられた天蓋もついている。

向こう側には小さな滝まで見えた。

水辺、山の中というのもあって、真夏であるにも関わらずひんやりと涼しい。

縁に近づけば多少濡れるのは御愛嬌だ。

嫌なら中央付近で歓談なり飲食なりしていれば良い。

辺りにはさやさやと水の音が絶えず響いている。

邪魔になるからか、楽の音は敢えて使われない。

それがここでの、夏の宴の風趣であるらしかった。


城館の宴用広場では、ここのところ、連日学者たちを軸とした社交が行われていた。

まして今年は聖者がいるのだから、場の高揚も一入だ。

聖者に直々に言葉をかけられ、手を触れられた者たちは、大げさでなく歓喜に卒倒せんばかりだった。


そしてエルクにとっても、そうした対応は避けて通れないものだった。


「エルク様、お初にお目にかかります。

ワーレン家の方にご挨拶ができるとは、この上もない名誉です」


「ええ、こちらこそ。先生の著書を拝読してから、お会いできる日を楽しみにしておりました」


今のところエルクは社交を問題なくこなせていたが、気懸かりなこともあった。

人が途切れた隙に、隅の方を窺う。

そちらには何人かの、気まずげに酒を舐めている姿がある。


知識を探求する学者には、元から高い教育を受けられる上流階級出身者が多い。

得てしてそういう者は、この手の社交には慣れたものだ。

だが、彼はこうした席に不慣れなのだろう。

強張った姿勢で居心地悪そうにしている。

そんな数学者に声をかけようとする者もない。

ただ冷えた視線、乾いた挨拶でやり過ごすだけだ。

エルクはちらちらと目線を送っていたが、改善の兆しは見られなかった。


教団に限らず、社交界という場所は余所者や新参者に冷淡だ。

だが、それも故なきことではない。


社交界とは華やかなだけの馴れ合いの場などではない。

武器以外のありとあらゆるものを駆使する戦場だ。

そこに戦いのいろはも戦術の何たるかも知らない、丸腰の素人にうろつかれては困るのだ。

どんな爆弾になるか分からないし、巻き込まれたくもない。

それ故に、住人たちは作法を知らない者を黙殺する。


つまりこういう場に溶け込むには、「私はこの戦場の掟を理解しています」「ここで迂闊なことはしません」と示す必要がある。

その目安となるのが作法や教養だ。

そしてそれが、成り上がりがぶつかる最初の壁であった。


今年招かれた何人かは、その壁を越えられずにいるようだ。

その結果が、顧みられず酒だけを相手にするこの状態だ。


エルクはそれが気になっていた。

こういう機会は、誰にでも与えられるものではない。

折角功績を立て、ここに来ることができたのだ。

気不味いだけの思い出として終えて欲しくない。


でも、どうすれば良いのか分からない。

そう戸惑う間にも、エルクへの挨拶を求める人々は次々とやってくる。


ワーレン家と婚姻を結びたいと願う者は後を絶たない。

特に一夫多妻が認められることから、男は引く手数多である。

正妻や婚約者がいようといまいと関係はない。

だが、相手が決まっているかそうでないかで、接近の仕方や立ち回りは変わってくるのだ。


妾の座を望む者にとって、最も重要なのは正妻の承認を得られるかどうかだ。

だから目当ての男に婚約者がいるのなら、男本人よりもその婚約者に近づいた方が長期的に得だ。

重ねて言うが結婚は個人的なものではないので、本人に好かれるよりも周りのことを考えて立ち回った方が実を結びやすい。


けれど、決まった相手がいない場合。

この場合は最も注意すべき相手がいないのだから、男本人やその周囲に働きかけ、少しでも良い印象を残すしかない。


だからここ最近エルクの周りは、令嬢や娘連れが波のように押し寄せてきていた。

レイグから、それとなく遠慮させようかという申し出があったが、丁重に辞退した。

成人を迎えた以上、いつまでも周りの大人の助けに甘えるわけにはいかないことを、エルクは理解していた。


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