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原罪を背負う者

遠い昔は、こんな風ではなかった。かつてはリゼルドも、多くの嫡子の例に漏れず、庶子に然程関心を持っていなかった。

子供時代は特に教育期間ということもあり、日々の生活における接点が殆どなく、嫡子と庶子の接触自体が極めて少ないのだ。


ただそこにいるだけのもの、血の繋がった召使、言ってしまえば風景の一部だ。

それ以上でも以下でもなく、そもそも興味の範疇にさえなかったと言って良い。


全てが反転した切っ掛けは何か。そんなことは考えるまでもなく分かり切っている。

あの愛すべき長兄の反逆、それに罰を与えたあの時だ。

ずっと彼は、あの日の激情に突き動かされている。


「さて、ロナン。話は聞いていたよね?」


折角来たのに戸口で放置されていた男は、ぎこちない動きでリゼルドに視線を向けた。

目を合わせて微笑むが、兄を踏んだ足を引こうとはしなかった。


「でさあ、お前はどう思ってるの?こいつのやり方で正しいと思う?」

「…………」


この男の出自についても、既に調べはついていた。

リゼルドにとっても懐かしい、いつかの事件の関係者だ。


『そのまま死になさい、役立たず』


リゼルドの母リシカがかつてそう吐き捨て、立場を失った――あの、「役立たずのハーヴェスト」だ。

その残党がルドガーと親しくなるのは、ある意味自然な流れだったのかもしれない。


リゼルドにとっても、非常に愉快な話である。本当に、人生とは面白い。


「……確たる結果が出ていないのなら、誤っていると言わざるを得ないかと。

過程がどのようなものであれ、結果こそが正しいのです」


「あはは、分かってるじゃない」


まあ、満足だ。今はこれくらいでいい。リゼルドはその場で唯一人、上機嫌に笑った。


そして再びサダンのことを考える。

ここからの戦局如何では、教団の未来が変動するだろう。

既にかの都市の周辺一帯を鎖してあり、包囲は既に完了している。

包囲網の後背を撃たれる心配もない。

逆襲や奇襲の拠点となりそうな周辺も、全て落とすか潰すかしてある。

包囲を解きさえしなければ、いつかは落ちる。それは確定的なことだ。


しかし現実問題、時間が足りない。

情勢のこともあるし、何よりリゼルドの直感が「それでは詰む」とそう告げていた。


地境の危機を受けて、聖都からの呼び出しがかかっている。

ベルガルムが攻めてくるまでが期限だ。

急いで戦況を落ち着かせて、出立しなければならないだろう。

ふと、以前のことを思い出した。より具体的に言えば、叙階式の時の教主の言葉だ。


……教徒の習性というのは、どうあっても彼とは相容れない。しかし何事も使いようである。


「……ちょっとやり方を変えてみようかな。試したいこともあるし」


聞こえるかどうかくらいの声でそう呟けば、餌撒きは完了だ。

さあ、罪人の血筋の生き残りは、何を見せてくれるのか。

面白いかどうか――結局それが一番大事なのだ。


「それじゃあ、頑張ってね。期待してるよ」


そしてやっと、リゼルドは足を退けた。その下でルドガーは身じろぎもせず倒れ込んでいる。

近寄ったロナンはそれを微妙にぎくしゃくした動きで助け起こし、支えて部屋を出ようとした。

男とともに退出しようとした兄を見て、「あ、そうだルドガー」と声を掛ける。

少女のような美貌には、変わらず優しげなほどに清々しい笑みが浮かんでいた。


「命令更新。今から僕が良いって言うまで、誰とも一言も話しちゃ駄目だよ。

もちろんそこのお友達とも。死にたくなければ守ってね?」


使徒家もそれ以外も、等しく原罪を背負う者として神の前で平等、ただ役割が違うだけ――実に滑稽なお題目を作り上げたものである。

秩序と序列、即ち身分が絶対とされる教団において、上位者への忠誠と献身は何よりも重大な評価項目となる。

直前の使徒家代替わりを見ても分かる通り――広大な領地と家門を率い、絶大な権勢を振るう使徒家当主ですら、教主を守りきれなかったという咎一つで自裁を強いられる世界なのだ。

ましてそれよりも価値の低い、いくらでも替えが利くような連中が、格上を害してどうして生きていられようか。


裏切りのシュルト。役立たずのハーヴェスト。

居場所も道も縁も失い、羊の群れから放逐された哀れな獣たち。

お前たちが生きていける場所などこの手の内にしかないのだと、そう思い知らせる日を、リゼルドは心から楽しみにしていた。




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