ヴェンリル家の嫡子と庶子
ヴェンリル家の当主、リゼルドが久々に登場です。
彼の異母兄、庶子であるルドガーへの仕打ちは…
ウィリスの推察通り、リゼルドは食に煩い。
別に美食家というわけではない。それどころか、食材にかける手間は極力省くべきという考えである。
火と水と塩で、最低限食べられる程度に整えてあればそれでいい。
彼は必要に迫られない限り、ごく簡単に調理された、薄味の品ばかり食べる。
華々しい晩餐会によくある、趣向を凝らしてこねくり回され、原型をとどめていない料理には食欲が失せる。
隠し味も香辛料も刺激物も尽く嫌いである。酒に煙草といった嗜好品なぞ論外だ。広義の毒だと思っている。
彼がそれらの味わいから感じ取るのは美味ではなく、危険信号だ。
まあつまり、何が言いたいかと言うと。
「正気の沙汰じゃないね」
眼の前で揺れている液体が、彼には無価値にしか思えないということだ。
水晶の杯を傾けて、リゼルドは呟いた。
勢いよく流れ出した中身が、ぶちまけられる。
炭酸を含んだ水は細かな泡を散らし、一つ一つが光を弾きながら、頭を下げる男の頭を、肩を流れていった。
「…………」
いきなり炭酸水を浴びせられたルドガーは、それに反応らしい反応を示さなかった。
泡立ちながら水滴がぽたぽたと落ちる、それだけだ。
杯を投げ捨てたリゼルドは、その様子に目を眇めた。
「拾ってきて?口で」
そう命令しても、動く気配はない。ただ敵意と憎悪を漲らせてそこにいる。
それを見ていると、愉快で愉快で堪らなくなるのだ。
「一体どういったことが、当主様のお気に触ったのでしょうか」
「それを考えるのもお前の務めの内じゃないの?」
「答えが存在しない問いを投げかけられても困ります。時間の無駄ですから」
「最近減らず口が多くなったよね。またお友だちでも作った?……そんなにあの日の闘技祭を再現したいなら、言ってくれたら良いのに」
その追及に、ルドガーは少しだけ反応した。それを甚振りの目で見届けて、「まあいいや」と笑った。
「……僕が見ている前以外で、水を飲むなって言ったよね?出陣中にこっそり飲み食いしたって本当だったんだ。悲しいなあ」
「……お言葉でございますが。果実は水分を含みますが、水ではないでしょう」
「へえ。そういうこと言うんだ」
リゼルドはその答えに口の端を歪め、次の瞬間顔を勢いよく蹴り飛ばし、頭ごと踏みつけた。
ルドガーが顔ごと倒れ伏す先は、床に零れた炭酸水だ。
「飲んでいいよ」と語りかける声は、つい先程の蛮行とは不似合いな優しげなものだった。
「……飲みながらで良いから聞いてね。
お前、いつまで手こずってんの?サダンがまだ落ちてないってどういうこと?
何かの拍子で包囲に穴開けられて崩されかねない。
そうなればここまでの犠牲も無駄、教団の損害だ。そして危険だ。
責任取れるの、ねえ?」




