情報戦
騎士団に不穏の兆し…。会合の緊張感が一気に高まります。
教団に滞在している騎士団の姫オルシーラの立場が危うくなりつつあります。
「でしょうね。ですが、理由もなく中止にするのは難しい。口実を作ることが重要です。
私も、狩猟祭の中止に否やはありません。楽団ではなく、騎士団に不穏の兆しがあるからです」
そのレイグの答えに、周囲からは驚きの視線が集まった。
レイグがあっさり狩猟祭の中止に賛同したこと、そして騎士団への不審を表明したことへの驚きだ。
その驚きとは裏腹に、彼の表情は淡々としている。
「ここから先はくれぐれも内密に。……先月にあちらの貴族が、断片的な警告を寄越してきたのです。
尤もこれだけでは全体像は掴めませんが」
そうして侍従に持ってこさせ、机に広げたのは、先月に騎士団から届いた数通の書簡だった。
訝しげに目を落とす彼らを促した。
「どうぞ、お手にとってご覧になって下さい」
「……はい。失礼致します」
エルクと聖者が手を伸ばしたのを皮切りに、紙を広げる音が複数響いた。
レイグを始め、騎士団由来の家々は、向こうの貴族と繋がりを持っていることが多い。
流石に政略結婚はしないが――……教団では異教徒との結婚は全面的に禁じられているし、騎士団側も似たようなものだ。
だが、完全に没交渉というわけでもない。
かつて近しかった家柄であれば、道が分かれた後も定期的に手紙や贈り物を贈り合い、交流を取っていることすらある。
教団の名家にとって、彼らは貴重な情報源であり、時に財源だ。
そして騎士団の貴族としては、情報提供を通して穏便な関係を築いておけば、いづれ教団に亡命する時に便利という思惑がある。
「……これは、どれも、何とも要領を得ませんね。時候の挨拶にも読めますが、確かに騎士団の不穏さを匂わせているとも読めます」
「情報とは武器、勿体つけて価値を釣り上げるのは常套手段です。
特に所属勢力が異なる場合では……それ自体はお決まりの手順ですから致し方ありません。
ですが問題は、交渉の途中で半分以上の相手が急死、もしくは翻意したことです」
これも、その一環のはずだった。何人かが教団との伝手を使って、今回の盟約には留意すべしと秘密裏に送ってきたのだ。
それらの書簡では核心部分に触れられず、曖昧なままだった。だが、問題はその後だ。
ある貴族は、突然連絡を絶って交渉自体を無にしてきた。
またある貴族は突如手紙を送ってこなくなった。
調べさせたところ、持病の発作を起こして急死したそうだ。
改めて別の情報源に探りを入れても、何の心当たりもない、知らぬ存ぜぬという態度。
これで裏を勘ぐるなという方が無理である。
未だ交渉に応じようという者もいるが、最早その情報の信憑性も危うい。
「――セネロスで何かが起こっている。それは確実視して良いでしょう。
そして、オルシーラ姫がそれに関わっていないはずもない。
ですがまさか、大公家の姫君を拘束して、尋問するというわけにも参りません」
それはレイグにとって当たり前のことであった。
騎士団を、大公家の支配から離れて百年以上が経つが、未だにその精神構造は貴族なのだ。
君主の姫に不敬を働くなどありえない。
これが楽団であったなら、僅かでも疑いが生じた時点で人質の拘束、尋問が開始されていただろう。
いや、楽団との取引であれば、そもそもオルシーラが人質として寄越されることすらなかった。
しかしここは教団であり、それ故の約束事と心理的制約が存在した。
だから彼は一度言葉を切り、聖者とエルクに目を向けた。
「ですからどうか、お力添えを願います。エルク様、そして聖者様には、姫との会話で得た情報を伝えて頂きたいのです。
私や妻ですと、どうしてもやや、対応が硬いので。こうしたことは年の近い方が適任でしょう」
エルクと聖者は、その要請に目を見合わせる。
やや顔を強張らせたエルクに、聖者は小さく微笑みかけて、そしてレイグに承諾の返事をした。
そんな聖者に丁重に礼を告げてから、彼は命令を下した。
「……都市の警備と防備に関わる者に通達を。
仮に騎士団と戦端を開くことがあれば、戦火がこのシアレットに届くのは時間の問題でしょう。
ここは楽団との境からは遠くとも、騎士団とは近いですから」
この状況、狩猟祭などというお遊びに興じている場合ではない。
万が一の時のために、シアレットは戦の支度を整える必要がある。
そして狩猟祭という名目は、その隠れ蓑としては最適であるのだった。




