教団における食
シノレは食事しながらユミルから教団での食に関する話を聞きます。
レイグからユミルに伝えるように言いつけられた話をなかなか切り出せずにいるようです…。
「……だから、こういったものを一緒に食べると縁起が良いと言われているんですよ!!
子どもの成長や祝福を願う行事としても、今では盛んに広まっているんです!」
僕も昔出されたことがありますし!
そう言ってユミルは笑顔で、蒸しパンを一つ口に運んだ。
持参した籠に入った小ぶりな容器に、更に小さなそれが幾つも入っている。
シオンも食べたのを確認し、シノレも手を伸ばす。
中の具は肉に野菜に果物と、色々入っているようだった。
一口料理と言っても、その種類は多岐に渡る。
この蒸しパンのような、一般家庭で手軽に作れるものや、その辺の屋台で売っているものもある。
反面、座所や使徒家の食事会で出されるようなものは、華麗さと技巧を極限まで追求した一品もあり、場面によって様々に変わるそうだ。
特に格式高い席に饗されるようなものは、そういった小さな料理専門の職人が作るらしい。
一口に収まるような小さな品を、どれだけ美しく繊細に作れるか。崩れず、指や服を汚さぬ「食べる芸術品」を作れるか。
料理人の界隈では、そんな評価基準まで存在するのだとか。
「……はあ、そうなんですか」
道理で、と思う。
確かに、聖都や教団各地を来訪した際、やけに小さな料理が出されることがあった。
てっきり何かの様式と思っていたが、そういう意味を持つものだったのか。
実際、その過去話には説得力があった。
確かに聖者は食が細い。
それはもう、端で見ていてどうかと思うほど細い。
思い出して、そう言えばと思う。
「…………そう言えば、聖者様は食事の席で殆ど残しますよね。あれはどうなっているんでしょう」
訪れた各都市で見られた光景だ。
聖者は行く先々でもてなされたし、晩餐会に招かれたことも多くある。
思えばシノレが見た限りでは、増減はあれど、聖者が全て食べたことは一度もなかった。
「ああ、それですか。聖者様がお残しになったものは、後々で教徒の誰かに与えられますよ!
そのために大枚を叩く方もいて……特に病気の方などは、少しでも聖者様の聖性にあやかりたいと望むことが多いそうです!
実際に食べて、病や怪我が回復したという噂もあるらしいですよ!」
「いや………はあ、そうですか」
「いやそれって残……」と言いそうになったのを、シノレはどうにか呑み込んだ。
…………つまり聖者くらいにもなると、残飯にも価値が出るらしい。
何か口走ってしまう前にパンを口に入れ、もぐもぐと咀嚼する。
中は甘辛く煮た肉だが、食感からして何か野菜も入っているようだ。
……こういうことも、段々分かるようになってきていた。舌が肥えてきたのだろうか。
最近暑さは増しているが、今のところそれに大きく左右されずに済んでいる。
食欲もあるし、体調も悪くない。
聖者に教わった、魔力の流れを整える術のおかげだろう。
あれ以来自分なりに実践し、今では自分に合ったやり方も見つかりつつ合った。
要は全体を上手く循環させて、滞った熱は流してやれば良いのだ。
故郷では見られなかった強烈な日差しが、今はそこまで不快でもない。
シノレはそんな風にして、南の夏に適応しつつあった。
(…………それは良いんだけど。先日言いつけられたあのこと、どう言ったものか……)
暑さに慣れてきたかと思えば、また別の面倒事が降りかかる。
レイグの指示を、どう扱ったものか。
(ていうか、僕が教団の結婚の何たるかとか、どうあるべきかとか語ったって、説得力出るわけないし……)
シノレにとって、教団の論理は異質なものなのだ。
何なら結婚の制度そのものに馴染みがない。
理屈の上では分かるとしても、真情が伴うはずもない。
ただ半端に聞きかじったことを再生するだけの、不出来な鸚鵡返しになるのが落ちだろう。
自分などよりその辺の適当な教徒に任せた方が余程良いと思う。
けれど、レイグに睨まれるのも嫌だ。
……どうしたものかと、食べながら考えずにいられなかった。
できるならこのままなあなあにして、無かったことにしたいというのがシノレの本音だった。




