孔雀石のお守り
シノレはユミルに付き合い、街で孔雀石のお守りを探します。
聖都のウルリカからの頼まれものとのことですが、あまりの人気で見つけるのに難航します…。
「それで、そういうわけなんです!!」
「……はあ…………」
その次の日。シノレはそのユミルとともに、朝から街に出る予定だった。
先日ユミルに、ここの観光名所を紹介すると言われていたのだ。
だがやって来たユミルは妙に焦った様子で、付き添いのシオンも苦笑気味だった。
シオンはいつも通りきっちりした騎士服だが、ユミルの方は絵に描いたようなお忍びの格好だ。
「すみませんシノレ!案内すると言っていたんですが……もしも嫌なら、今日は休んでいて下さい」
「いえ、それは構いませんが……」
ウルリカという少女の要請について、シノレも先程聞かされた。
以前聖都で出会ったウルレアの長女であり、エルクには父親の妹の娘に当たる少女らしい。
その姫君に所望されているのがシアレットの最近の名物、孔雀石を加工したお守りなのだそうだ。
何でも新たな技術を使って加工されたものだそうで、じわじわと評判が広がっているらしい。
「ですが……こう言っては何ですが、ワーレン家の方がわざわざお求めになるほどのことでしょうか。
日頃から幾らでも、素晴らしい職人方の作品が献上されているのでは……」
「だからこそ、というか……珍しいものがお好きですし、流行りに敏感な方ですからね。
気になってしまった以上、直に見てみたいと思し召しになったのでしょう」
「ええ、噂は以前からお耳に届いていたようです。
僕も安請け合いしてしまいましたしね……」
「今日は私も、非番ではないのでご一緒できませんし。
まあ護衛がつきますから大丈夫とは思いますが……二人とも、お気を付けて下さいね。
危なそうなところへ行ってはいけませんよ」
「はい、ありがとうございますシオン!そちらこそ気をつけて!」
シオンが騎士の作法で会釈し、ユミルも同じ仕草で返した。
顔を上げてすぐ「まあ、何はともあれ城下に行ってみましょう!」と、そう笑う。
そして彼らは、朝から街へ繰り出すことになったのだった。
そしてその数時間後、シノレは広場の椅子に座り込んでいた。
空には夏の太陽が高々と輝いている。今日も今日とて暑い、暑すぎる。
灼熱の陽に照らし出された広場中央には、例の如く使徒セヴレイルの陰気極まりない彫像が鎮座していた。
疲労感がやけに重いのは、単に歩き疲れたからと言うだけでもない。
常に元気なユミルも、若干疲れを浮かべている。
「ま、まさかこんなに人気だとは……どうしましょう……」
午前一杯、工房を色々訪ね歩いたが、どこも注文を受けてくれなかったのだ。
受けてもいいと言った所も、半年待ちだなどと言ってきた。
このように工房探しが難航したのも、故なきことではない。
聞いたところによると、近場で取れる孔雀石を極々薄く削り、そこに水晶を貼り合わせて、二層構造に仕立てるのだそうだ。
中に金箔やチャームを入れれば、外からそれらの装飾が透けて見えるという寸法だ。
従来の技法で模様を彫り込んだものとはまた違う、透明感のある可憐な仕上がりが売りらしい。
見本を見せてもらったが、確かに美しい細工だった。
目が肥えているとは言い難いシノレにも分かるほどに……特に縁起が良いとされる模様を入れたものは、幸運を招いてくれそうな特別感があった。
更に暑気を思えば、透き通るような清涼な緑も目にも心地良いものであろう。
流行るのも納得だった。
だが、この二層構造加工自体、近年見つかったばかりで発展途上の技術だ。
しかも工程が複雑で、誰でもできるというものではない。
内蔵するチャームや研磨機の数も追いついておらず、どうしても受注できる数は限られる。
飛び込みで注文するとなると、やはり難しいものがあった。
ユミルは落胆を乗せて、やや肩を落とす。
「ただでさえお待たせしてしまっている状況です。
この上更に長引くとなれば、ウルリカ様はお怒りになるでしょうね……どうしたものか……」
「ですが……その辺の事情を、包み隠さずお話になれば解決するのでは?」
一連の工房巡りの中、ユミルはワーレン家はおろか、カドラス家の名前すら出していなかった。
そこがシノレには不可解だった。
良く分からないが使徒家の、それもワーレン家の方のご所望と伝えれば喜んで、それこそ全てに優先させて作ってくれるのではないか。
そう思ったのだ。だが、ユミルはぶんぶんと首を振った。
「元はと言えば、忘れていた僕が悪いんですから!
シアレットに来て直ぐに注文を出していれば、ちゃんと間に合ったはずです。
工房には工房の都合や予定があるでしょうし、家名に物を言わせて無理を強いることはしたくありません」
その答えに、シノレは密かに感嘆した。
しっかりした少年だと改めて思う。
午後にでも、受けてくれる職人が見つかれば良いが……しかし今は、疲労と空腹が溜まっている。
腹が減っては戦はできぬという言葉もある。
「……大分歩いたことですし、そろそろ食事にしませんか。
先程遣いの者が、一式持ってきてくれたようですから」
「え、いつの間に!?……そうですね、まずはご飯です!!」
それにユミルが反応する。
今朝からずっと、少々浮かない感じだったのだが。
食事と聞くやぱっと顔を明るくさせた。
いつも通りの表情で、シノレも何となくほっとする。
「……ですから、ここで食事にしますね!
準備をお願いします!」
「…………それでは、御前失礼致します」
城を出た時から付かず離れずついてきていた侍従たちだが、初めて視界に入ってくる。
合図を受けて近づいてきた彼らが、乱れのない動きで食事の用意を整える。
そこには当然のように、毒見の工程も含まれていた。
籠を覗き込んだユミルは、俄に嬉しそうな顔を浮かべた。
「あ、シノレ!丁度良いものがありますよ!一緒に食べましょう!」




